#人魚の歌姫 (NL)
Side:Rosa Cayford
私が生まれた時から住んでいるケイフォード邸は、色とりどりの花々で彩られた庭と広大な湖に囲まれている。
富豪の邸宅といえばこんな感じ、といったイメージをそのまま具現化したような家だ。
ただ…そのイメージと違うことがあるとすれば。
「ラ、ララ…ラ…」
私が湖畔で歌っていると、不思議な観客が水底から現れることだ。
「…あ…」
''彼''はケイフォード邸が建てられる前からこの湖に住んでいた人魚らしい。
深い青色の鱗、大きくて優雅な尾鰭、艶やかなプラチナブロンドの髪、そして…宝石をそのままはめ込んだかのような空色の瞳。
そんな美しい彼と出会ったのは2年前の、流星群がよく見えた夜だった。
私は幼い頃から歌うことが大好きで、8歳の時から聖歌隊への参加やソリストの経験を通してプロの歌手になる道を歩んできた。
でも…2年前に出演した舞台でストーカー化したファンに殺されかけてから、私は人前で歌うことが怖くなってしまった。
そんな私の前に現れたのが、彼だ。
「もう…恥ずかしいから聞かないでっていつも言ってるのに…」
私が歌い始めると、彼はいつも私の腰掛けているウッドデッキの端に両腕をかけて静かに私を見上げてくる。
彼が声を発したところは見たことがない。
それでも私の言葉に反応しているということは人間と同じくらい知能が高いのだろう。
「…ねぇ、あなたの本当の名前はなんていうの?」
出会った時から彼にこの質問を何度かしているけど、今回も彼は答えなかった。
その代わり彼は私が持ってきていた本に視線を移して、表紙に描かれている主人公の "セス" を指差した。
「あ…彼はセスっていうのよ。私の大好きなこの本に出てくる主人公で、あなたと同じ人魚の男の子なの」
セスのことを教えてあげると、彼は心做しか嬉しそうにセスのイラストを撫でた。
それから彼はもう一度セスを指差してから、今度は彼の胸に片手を当てた。
「それは…セスと呼んでほしい、ってこと?」
どうやら彼はセスという名前を相当気に入ったらしい。
彼の大きくて長い尾鰭が静かな湖の水の中でゆらゆらと揺れている。
彼の本当の名前を知ることはできなかったけれど、私はこれから彼をセスと呼ぶことにした。
─── 刹那。
「あ!ねぇ、セス…!今流れ星が…!」
私達が出会った時のような流星群ではないけれど、満点の星空の中をきらりと横切る流れ星が一瞬私の視界に映った気がした。
「…あぁ、気づくのが少し遅かったなぁ…」
流れ星をもっと早く見つけていたら、セスと私の穏やかな時間がこれからもずっと続くようにとお願いをしたかったのに。
なんて思っていたら、セスがキラキラと光る小さな何かをウッドデッキの床の上にそっとのせた。
「これって…!あなたの鱗…?」
セスはゆっくりと頷いた後、鱗を夜空に向けてかざした。
するとそれは月明かりの下で、まるで夜空の星の一部であるかのように青白い光を放ち始めた。
「ふふっ…もしかして、私が流れ星を見逃したからそれを星に見立ててるの?」
セスは私の手をとって、今度は鱗を私の手のひらにのせてくれた。どうやらプレゼントしてくれるらしい。
…不覚にも、キュンときてしまった。
否、もしかしたら…私はようやく自分が彼に恋をしていることを自覚し始めたのかもしれない。
【お題:流れ星に願いを】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・ローザ・ケイフォード (Rosa Cayford) 20歳 大富豪の末娘
・セス (Seth) 湖に住む謎の人魚
4/25/2024, 3:00:40 PM