#柚原くんの一目惚れ (BL)
Side:Shu Yuzuhara
やっちまった。と、後悔した。
まさか市ノ瀬が彼女と別れたと知ってすぐに衝動的に告白しちまうなんて。
「え、いや、あのな、好きってのはな、その…あの」
止まない雨の中、俺は市ノ瀬の傘の下で必死の言い訳を試みた。
これは俺が完全に絶対に間違った選択をした。
入学式でたまたま同じ桜の木の下にいて、それを見上げる市ノ瀬の横顔がめちゃくちゃ綺麗だったのは事実だが、これはさすがに引かれてもしょうがない。
「へぇ、柚原って身長の他にも意外と可愛いとこあるんだな」
「やめろォ!身長は俺のコンプレックスなん…はっ?」
…今、可愛いって言われたか?
コンプレックスを指摘されて思わず威嚇しちまったが、予想外の褒め言葉に俺の思考がフリーズした。
「は?俺が?可愛い??」
「なんか猫みたいで」
「…猫??」
「雨の中傘もささずにガチ凹みしてるかと思いきや、今度は身長のことで俺に威嚇するし」
「あれは!チビだってよくからかわれるからつい…!!」
「チビでもいーじゃん、可愛い」
「お前みてーなノッポに言われると腹立つ!!」
…やべぇ、市ノ瀬に可愛いって言われてすっげー嬉しいって思っちまった…。
市ノ瀬は明らかに俺より20cm以上背が高くて、イケメンで、時々本気で言ってるのかただの皮肉なのか分かんねーのが腹立つけど、やっぱり俺はあの日から市ノ瀬に惚れちまってたのかもしれない。
衝動的に告白したのが間違いだったとしても、せめてこいつの友達でいたい。
でもいつか改めて告白できたらいいな、なんて思っている自分もいる。
【お題:たとえ間違いだったとしても】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・柚原 愁 (ゆずはら しゅう) (受けみたいな)攻め 高1
・市ノ瀬 瑠貴 (いちのせ るき) (攻めみたいな)受け 高1
#駆と棗 (BR)
Side:Kakeru Mizushina
『なーーつーーめーーくーーーーん、おーはーよーーーーーーーー』
棗くんにモーニングコールのLINEをしてみたけど、今日はまだ返事がない。
「…あれ?棗くんがお寝坊さんなんて珍しいな」
…もしかして、また…なんて嫌な想像が一瞬、俺の脳裏をよぎった。
何故なら棗くんは11年前に突然聴力を失ってから、絶望のあまり命を絶とうとしたことが何度もあるからだ。
「棗くん、まさか…!!」
俺は最悪の事態を避けるべく、慌てて棗くんが住んでいるアパートにすっ飛んでいった。
「あっ、ドアが開いてる…!ごめんお邪魔しま…あれ?」
ドアを開けてすぐに見えた光景に俺は驚いて目を見開いた。
棗くんはパジャマ姿のままでベランダに出て、ぼんやりと空を見上げていた。
俺は棗くんを驚かせないようにゆっくりと近づきながら、もう一度棗くんにLINEしてみることにした。
『棗くん!何してるの?』
「…!」
あ、今度は気づいたみたいだ。
ゆっくりと俺のいる方向へ振り向いた棗くんの目はまだ眠そうで、おそらく起きてまだ数分も経っていないのだろう。
『駆、どうしたの?汗かいてる』
『棗くんが珍しくモーニングコールに反応しなかったから何かあったんじゃないかって心配で来たんだよ…!!』
『ごめん…寝てた』
『怪我はない!?大丈夫!?』
『え?待って、何の話?』
棗くんは本当に寝ていただけだったようで、体に新しい傷は見当たらない。俺の杞憂でよかった…。
『駆こそ大丈夫?悪い夢見たの?』
『あの〜…あのね?俺さっき棗くんが死んじゃうかも〜みたいな嫌な想像しちゃって…それで、その…』
『…』
俺は手話で必死にここに来た経緯を説明した後、ついに耐えきれなくなって棗くんに抱きついた。
もし棗くんがいなくなってしまったら、俺の世界は一瞬で色のない、味気ないものになってしまう。
だから失いたくない。俺に黙って消えてほしくない。
今にも泣きそうな俺の背中を、棗くんはただ黙ってぽんぽん叩いてくれた。
それでさらに泣きそうになって、俺はしばらくの間棗くんの細い体をぎゅうぎゅうと抱きしめ続けた。
【お題:無色の世界】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・水科 駆 (みずしな かける) 19歳 棗の幼馴染
・一色 棗 (いっしき なつめ) 21歳 10歳の時に突然耳が聞こえなくなった
#柚原くんの一目惚れ (BL)
Side:Luki Ichinose
この街の桜の開花宣言を聞いてから1週間も経たないうちに、突然雨が降ってきた。何だか妙に優しい雨だ。
「これがいわゆる涙雨ってやつかぁ〜!ねぇねぇ瑠貴くん、傘一緒に入ってもいーい?」
「ん?おう、どーぞ」
今日、これから俺は隣にいる彼女…里緒に別れ話を切り出す計画を実行する。
里緒は俺と同じ中学校出身で、今年俺は地元の男子校に、彼女は隣町の女子校に入学した。
彼女の「好き」の圧に半ばゴリ押しされる形で付き合うことになって約半年が経つが、俺が彼女と別れたい理由は2つある。
1つ目はさっぱりした性格と見せかけて、実際はかなり粘着質だと最近判明したから。そして2つ目も最近知ったことだが…
「ねぇねぇっ、今通り過ぎたお兄さんイケメンじゃなかった!?彼女いるのかなぁ?」
「…ふーん…?」
…かなり惚れっぽくて移り気だからだ。
俺に好き好きアピールをしまくっていた半年前のアレは何だったんだ?と、正直いい気はしない。
とはいえ、里緒の本性に早く気付けずにずるずると付き合い続けていた俺も俺だ。
ということで、ここらで一区切りをつけようと思い立ち現在に至る。
「里緒」
「なぁに〜?」
「俺と別れて」
「…えっ?何で?え??」
だがしかしそう簡単には折れてくれないのが里緒なわけで。
これは作戦が少々長引きそうだ、と俺は小さくため息をついた。
「里緒のことを信用できなくなったから、別れてほしい」
「待って!?り、里緒の何がダメだったの?ねぇ!」
「…」
その時、俺は先週の入学式でたまたま同じ桜の木の写真を撮っていた同級生のことが頭に浮かんだ。
穏やかな桜吹雪の中、一瞬彼と目が合ったような気がしていた。
…こうなったら奥の手を使うしかない。
「たぶん俺らさ、それぞれ別の人を好きになってるんだよ。里緒も街中で見つけたイケメンの話しかしなくなったし」
「そ、そんなわけないってば!里緒が好きなのは瑠貴くんだけだよ…!」
「嘘つくなよ、いつまで本性隠し通せると思ってんの?だから信用できないんだよ」
俺は俺のできる精一杯の演技で、この付き合いに冷めきった自分を演じた。
そしてここからが第2フェーズ。俺を最低な男だとはっきりと認識してもらうために、里緒に俺への言い分をあるだけ全部吐かせていく。
「…そう言う瑠貴くんだって、里緒に好きって言ってくれたことそんなにないよね…?」
「言われてみれば…確かに」
「デートもいつも里緒の行きたいところを優先してくれてたけど、本当は決めるのめんどくさかっただけじゃないの…?」
「それもある」
「里緒が言わないと彼氏っぽいことしてくれなかったくせに、うまくいかなかったのを里緒だけのせいにしないでよ…!」
「…それは本当ごめん。受け身だったのは自覚してる」
このフェーズは少々心にダメージを負うが、それでいい。この半年間の決着をつけるためなら、俺はいくらでも悪い男になってやる覚悟だ。
「もういい!瑠貴くんなんかだいっきらい!!」
「それでいいよ、里緒」
「里緒ばっかり好きって伝えてたのバカみたい!分かったよ、別れてあげるっ!!」
あんなに穏やかだった雨も、少し雨脚が強まり始めた。
真新しいセーラー服をびしょびしょに濡らしながら走り去る里緒の背中を、俺は何も言わずに見送った。
…この調子だと、明日にはこの公園の桜の殆どは葉桜になっていることだろう。
里緒の姿が完全に見えなくなった後で俺も帰ろうとしたけれど、俺の視界の端に突然見慣れた人影が映った。
「え、柚原?そこで何してんの?」
「…い、市ノ瀬…?」
柚原は傘もささずに、公園の隅にあるベンチの上にうずくまっていた。
彼に何があったのかは分からないが、入学式の時とだいぶ様子が違うことだけは理解できた。
「市ノ瀬…さっき一緒にいたの彼女だろ?追いかけなくていいのかよ?」
「あ〜…えっと。さっきフッた」
「は?マジ? …くしゅんっ!!」
大きなくしゃみをする柚原に傘を差し出して、俺たちは失恋トークを繰り広げ始めた。
…柚原の好きな相手が実は俺だったと知るまで、あと10分。
【お題:桜散る】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・柚原 愁 (ゆずはら しゅう) (受けみたいな)攻め 高1
・市ノ瀬 瑠貴 (いちのせ るき) (攻めみたいな)受け 高1
・里緒 (りお) 瑠貴の元カノ
#柚原くんの一目惚れ (BL)
Side:Shu Yuzuhara
入学式の日、桜吹雪に包まれている同級生の横顔に恋をした。初めての一目惚れだった。
でもすぐにそいつには彼女がいると分かって、俺はおそらく俺の人生史上最速の失恋を経験した。
悲しいというより、むしろ間接的にフラレるまでが速すぎて呆然としている。
体感だと記録は約5分。RTAかよ。
「うは〜…間接的にフラレるのもなかなかキッツいのな…」
好きすぎてどうにかなりそうな一歩手前で止まってよかった、と思うことにしよう。そうしよう。
そう強がる俺の頬に、涙代わりの花弁がひらり。
【お題:届かぬ想い】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・柚原 愁 (ゆずはら しゅう) 高1
#歌が繋いだ恋のはなし (NL)
Side:Shizuna Kida
もし本当に運命の女神様がいるのなら、10年間離れ離れになっていた私と凪くんが再会できたのは女神様が私達を導いてくださったからなのかもしれない…と、思いたい。
凪くんは世界にたった1つしかない秘密のラブソングで当時思春期真っ只中だった私の恋心をかっさらっていった、なんとも罪な男の子。
3ヶ月前に奇跡的に再会を果たしてから、私達は音信不通になっていた10年分の埋め合わせをするようにまた2人で過ごすようになった。
そして先月…ついに凪くんと付き合えることになって、現在に至る。
「静那ちゃん、おまたせ」
「凪くん!へへっ、全然待ってないよ。大丈夫」
「ほんと?じゃあ早速行こうか」
「うん!」
私の友達はSNS映えするオシャレなディナーとか、ちょっとお高めのプレゼントとかを彼氏に求めているのにといつもぼやいているけれど、私が凪くんに求めているのはむしろ…居心地の良さだ。
デートプランは派手じゃなくてもいい。プレゼントはそんなに頻繁にじゃなくてもいい。
凪くんが私と一緒にいてくれる幸せを噛みしめていたい。
だから運命の女神様、どうか私史上最高の恋を終わらせないでください。
大好きな彼のそばにずっと…いさせてください。
【お題:神様へ】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・天善 凪 (てんぜん なぎ) 24歳 シンガーソングライター
・木田 静那 (きだ しずな) 24歳 花屋さん