満身創痍で それでも
毎日頑張って
頑張り過ぎて空回りして居るあの子を見て
僕はその緊張感のある空気に
馴染めずにいた
何でだろう
何をそんなに頑張る必要があるんだろう
何が彼女をそうさせて居るんだろう
彼女の周りの空気は
何かピリピリとしていて
僕は近寄りがたいと感じさえした
ある日を境に
彼女は学校に姿を見せなくなった
ことの発端は
彼女をいつもいびる女子が
彼女を激昂させたのだ
激昂したというのは友達から聞いた話で
僕は直接見てはいない
彼女は激昂し
椅子を投げて停学処分になったと言うのだ
幸い椅子は誰かに当たることは無く
大きな音を立てただけで済んだらしい
そういや
彼女はいつもどこか
怒っていた
誰かに腹を立てると言うよりは
不機嫌そうだった
あれから何日かして
連絡帳とプリントを渡すため
先生と一緒に彼女の家に行った
家はがらんとしていて
彼女自身がオドオドした様子で
玄関にて僕らと対面した
元気出してね
僕が言うと
彼女は泣き出した
先生が
お家の人は今は居ないのかな
と彼女に聞く
…はい
彼女は答えると
出てって
と言い
玄関を乱暴に閉めて鍵をしてしまった
いろんな事情があるからね
先生は言うと
さ 帰ろうか
今日は一緒に来てくれてありがとう
と先生と僕
2人家を後にした
僕はその日の夜
連絡網の電話番号から
彼女の家に電話すると
彼女自身が電話に出たので
いろいろあると思うけど
不機嫌はもう終わりにして
一緒に遊ぼうね
と
彼女に言うと
電話口で
呟くように
ありがとう…
と聞こえた
あれから何ヶ月が過ぎただろうか
僕は家の事情で
孤児院での生活を余儀なくして居る
姉と一緒に孤児院に来た
姉は引き取り手が最近見つかり
引っ越しの準備をして居るところだそうだ
僕は唯一の肉親の姉が居なくなる…と言うか
僕から離れて別々で暮らして行くことに
不安を抱いて居る
施設の職員は
どうせなら姉弟2人とも一緒に引き取ってもらえれば
良かったのにね 気の毒に
と
他人事だ
僕は姉に手紙を書いている
生まれて初めて手紙を書く
「姉さん 僕の事を忘れないでください
僕は姉さんのたった1人の家族だよ ずっと」
そう書いた
姉は三つ上で
物静かな性格だ
これまで2人で手を取り合って
いろんな問題を解決してきた
例えば
おやつを分け合ったり
いじめっ子から姉を守ったり
勉強を教えてもらったり…
これから僕1人になって
この孤児院でやっていく自信がない
寂しくなるけど
手紙には書かなかった
恥ずかしいから
僕はなんとか
頑張ろうと思う
新しい友達を作ったり
勉強を頑張ろう
病気にならないように
身体も鍛えなくちゃ
姉にばかり
甘えていられない
僕も
これからなんだ
ぼくは今 小学3年生だ
大人たちとはちがい
まだたくさんの可能性があるって
お父さんが言っていた
だから大人たちより
ぼくのほうが賢くなれるのかもしれないし
なんにでもなれるのかもしれないから
ぼくは大人たちよりえらいと思う
でも
毎日お父さんは新聞をすみからすみまで読んでいて
すごいなと思った
多分ぼくも大きくなったらお父さんみたいに
新聞をたくさん読めるようになれると思うけど
今からでも
がんばって読めるところは読みなさいと言われて
新聞をぼくも読もうと思うけど
どこを読んだら良いのかわからないぐらい
たくさん字が書いてある
漢字もむずかしい
とくにラジオ番組表とテレビ番組表とマンガを読む
むずかしいところはお母さんに聞く
お父さんに聞きなさいと
時々言われるけど
お父さんは忙しいからあんまり聞けない
お母さんも大人だから
ぼくよりいろいろ知っていて
当然だと思っていたけど
お父さんのほうがもっと知ってることが多いって
お母さんは言っていた
ぼくはまだ子供と思われるのが実は少しいやだ
子供だけど
大人の人だっていろいろ居るから
子供だって賢いと思われても良いと思う
ぼくも賢いと思われたい
とてもじゃないけど
嫌だ 無理だよ
そう言って
電話を切った
僕はこれまでも
量子力学についての研究を重ねて居るが
研究チームの代表として
論文を書いて欲しいと
同僚の知り合いから頼まれた
何度かそういう誘いは断って居るので
もういい加減うんざりしてきたが
友人が
「会ってくれ 急で悪いが論文を私が書く代わりに
君に会わせたい人がいるんだ」
と 変なことを言い出した
連日の研究やディスカッションの合間を縫って
仕方がないから友人に会う事にした
ー夜 結構賑わうレストランに来た
友人が僕を見つけて小さく頷くのが見えた
隣に若い女性が座って居る
僕は席を立って会釈をする友人と女性に
挨拶をすると友人の真向かいに座って
「待ったかい?遅くなったね
ごめんよ お腹が空いてしまったよな」
と 話を切り出した
友人は僕にメニューを渡し
「いや そんなに待ちはしなかったんだが
こちらの女性をご紹介させてもらってもいいかね?」
と女性を見遣る
僕は改めて女性を見た
女性は友人の視線に気づくと
「初めまして その…」と言ったきり
言葉に困って居る様子だった
ギャルソンがこちらに来た
「いらっしゃいませ」
友人がギャルソンに目配せをすると
「…では 後ほど伺いますので」と
僕たちの席から離れてしまった
「おいおい 水だけ飲んで居る気かい?」
友人に訊ねると
「まあ…彼女がお腹を空かせて居ないんだ
すまないが」と言う
僕は
「とりあえず 話を聞きましょうか」と
女性に視線を戻した
女性はおずおずと
俯き加減で しかし 僕や友人を交互に見ると
心を決めた様子で話し出した
「あの…初めまして 私は生き別れた兄を
これまでずっと母と共に 探しておりました
あ 写真はここに…」
彼女が差し出す写真を見せてもらうと小さな頃の僕と
見知らぬ女性に抱かれた赤ん坊が写っていた
「え!?僕は母が死んだと言われて育ったんだが…」
僕は幼少の頃
父親に連れられ家を出て
父と共に父の実家で父の母の祖母と
父の姉である叔母と
母は病気で亡くなったものの
その事以外では
何不自由なく育てられたことを覚えて居る
しかし妹の話では
母は生きていたが父との関係がギクシャクし出して
その理由は父の父親である祖父による
僕らの母へのいじめが理由で
どう暮らすことが最善かを話し合った挙句
別れたと言うことらしかった
妹が涙をハンカチで拭う
それを見た友人が
「探偵さんがね ある日僕の元に来て君のことについて尋ねてきたものだからびっくりしたよ」と
ギャルソンを呼ぶ
「メニューはお決まりでしょうか」
友人が「今夜は僕が奢るよ 良い夜だ」
と言った
しまった
彼女からのLINEを既読スルーして
ほったらかしだ
彼女からの毎日の熱烈なLINEに多少たじろいで居る
私は昨日の彼女からのおやすみLINEを見たきり
ほったらかしのまま寝てしまい
今から仕事に出るところだ
寝て居る間
数時間にわたって彼女から鬼電がかかって居た
付き合って2ヶ月目に入るが
ここまで酷いとは思わなかった
朝からまた着信
彼女だ
…もう知らん
私用のスマホは家に置いて
仕事に出た
ー仕事から帰宅すると
テレビをつけて風呂に入った
あー …女って面倒だなー
風呂で独り言を愚痴ると
部屋に置いてあったスマホからLINEの通知音が鳴った
風呂から出て
パスタ料理を作る
パスタを茹でて居るうちに
フライパンで
レモン果汁 生クリーム ほうれん草 チーズ 鶏肉の
パスタソースを作る
LINEの通知音
スルーしてパスタを盛り付けると
塩胡椒を振って
テレビを見ながらパスタを食べる
隠し味は醤油だ
なかなか美味しかった
ほったらかしのスマホを手に取ると
LINEを確認した
あれ?
全て送信取り消しになって居て読めない
少しすまない気持ちが湧いて来た
ごめん 忙しくて疲れてたんだ
と彼女にLINEする
既読がついた
彼女から一件のLINEが入る
わたしもパスタ食べたい
ーは?
ふと窓に気配を感じ
恐々…窓に目をやると
彼女が窓に張り付くようにして
こちらを見て居た