行き場の無い感情は往々にして自己を焼く。
誰が悪いわけでもない。だが何かのせいにしないとやってられない。それは八つ当たりだと分かっているから、結局自己嫌悪に落ち着いて、消化できた振りをする。
「ストレスならば、飛ばしてしまった方がいい」。
常識のような、強い言葉。
酒を呷って、肉を喰らって、無心に走って、声を張り上げて、壊れたラジオの様に話し続けて。
それでも焼けたまま。痛い苦しいと泣き喚いた数日間を。
……心底愛おしいと思う自分は、やはり矛盾しているだろうか。
どうか感情は狂おしいままでいて。
安易な答えを出さずにおいて。
そう心の底から願っていて。
踠いて生みでた言葉の全てが、なぜか強く心を揺さぶった。その感触を忘れられない。
痛い苦しいとわななきながら口角は上がって。高々と笑いたくなるのは、イカれたからか、本当か。
壊れたのならそれで良いとすら思えてしまう。行き場の無い感情は、行き場など無いまま胸の内で膨れて混ざって、何時か知らぬまに爆ぜて、壊れてしまったのならそれでも良かった。
違うんだ。決して破滅願望があるわけじゃあない。自暴自棄でもない。だがそう語る言葉に信用の余地はない。
ならば語るに能わない。
なあ、教えてくれ。
俺は一体、どうすればいい?
ティーンエイジを無駄に過ごした。くだらねぇと下品に笑った隣には何時も、君がいた。
下手な時間の使い方。大人になったら後悔するぞ、脅しのような僕らを思う忠告は、その実ちゃんと聞こえていた。
全部、知っていた。あのときああしてれば。悔やむ日は、きっと、じゃなくて確実にくると。でも人生なんて、そう思わない瞬間なんかないだろ?
だったら、後悔さえも、共に笑い飛ばせる人がいれば、それでいい。
そうだその選択は、たぶん間違いじゃない。
阿呆なのは僕だけだ。形に残るものがいい、そうねだったのは、僕ばかりだ。
ねだった半年後に、君はそれを持ってきた。誕生日でもクリスマスでもない、平凡な秋曇りの日。曇天の下、君の腕に抱かれたのは、ラッピングもされていない、量産品のクマのぬいぐるみ。宝物にしてね。微笑みながらそれを差し出す君に当たり前だと答えた僕は。
とんだ間抜けだと、気付かなかった。
……なあ、何時からだ? 君は何時から。
何も知らなかった、知りたいと思ったのは、嫌でも将来を見据えないといけなくなったから。
自分だけならどうにかなる、確信があった。君はどうするつもりなんだ。沸いた疑問に続くように、初めて心の内を何も知らないのだと、知った。
どうしようね。どうしたら良いと思う? 楽しそうに問うてくる君は、全く困ってなどいなかっただろう?
そうして初めて疑念は形になって。どうするつもりもないのだと、あのときの自分なら分かった、筈だ。見たくなかったのは。
そらした視線の先で、潰れた蝶が羽をひくつかせていた。
君は酷い、奴だった。
残ったのは、首もとの破れたクマばかり。捨ててやれば良かった。それもできない僕を女々しいと笑うか。
宝物は呪いに成った。そうだ笑ってくれよ。みっともなくクマにすがり付いて泣きじゃくって、それで、死者が笑ってくれるなら。
君の声を、聞けるなら。
目が、あった。
真夜中の教習所裏、見渡せど足音は無く、故に寂れた筈の場所。だがそう、思った。
東京郊外の住宅街なのだから、街灯はちりつきながらもそこかしこに灯って、月明かりを集めた眼が光れるような明度ではなく。
それでも、瞳孔が大きく開いた、怯えたような視線が、確実に私を見ていた。
なぜか、息が詰まった。
まじまじと見つめ返す。藪に逃げ込む手前だったのだろうか。私が踏み潰せば死んでしまうような、小さな小さな身体が、あった。
尖った鼻と、がたいの割に大きな瞳と耳を持つ、哺乳類。猫だ。生まれて幾ばくかの、猫。
私は、おまえの何倍の体長を持つのだろう。おまえを喰らうイタチやカラスより遥かな巨人が、おまえを見ている。
だがそれは、決して私から眼をそらさない。
沈黙に耐え兼ねたのは私だった。そろりと一歩踏み出せば、すかさずそれは身を翻し、藪の中へと消えて行った。
そうしてやっと、詰めていた息を吐き出した。
自分が喰われるのではなかろうか、とは思わなかった。ただ、あれが可哀想なものか。私はああは生きられまい。
……あれは、野良猫なのだろうか。暗がりでよく姿も見えなかったが。ただ、あれは強かに生きていくのだろうかと、ぼんやり思った。
【子猫】