差し込む白昼の匂いがした
こういう日は何故だか、鬼灯を思い起こされる
何かを訴えるように、暗闇の中
それはずっと佇んでいる
幼い頃から、ずっと、ずっと
でも、手を伸ばすことはしないんだ
知っているから、無要だと
君は伽藍とした儘、
そこに居てくれるだけでそれでいいから
そのままずっと蝕んでてよ
この空洞を、心臓みたいに瞬きながら
仄暗い部屋に埃が煌めく
滝のような晴天が、素知らぬ顔で通り過ぎてく
そうだったな
一人ずっと、取り残されていたね
夏だなぁ
後ろの正面、玄関口で、誰かが憂う
ね。眠るにはまだ早いからさ、
少し話を聞いてくれはしないだろうか
とは言え、結局君には届かず終いだろうけれど
あのね、君と居れたこと会えたこと、
心の底の底から喜ばしく思っていたんだよ
ずっとずっと笑っていられた、
無理に押し込めないでいられたんだよいつだって
だからね、そんな君に
ありがとうってさよならしてみたかったんだ
ありがとう、中途半端にいてくれて
ありがとう、落とした鍵を見るだけに留めていてくれて
ありがとう、この悪意を信じてくれて
ありがとう、「隠された真実」を疑わないでいてくれて
君がそのままであってくれたから、こうして夜明けを迎えれたんだよ
小さな輪っかに紐通す
期待に添えなくてごめんね
知ってたんだ、縄の結び方
ね。頼みがあるんだ
聞き入れてはくれないだろうか、後生だから
願わくば、別れの言葉を告げないで欲しい
こっちもそうするからさ、金輪際何一つを落としたりはしないから
そうしたらばきっと君に、深く深く遺せる気がした
汗ばむようにこびり付くみたいな
淡くて苦い絶望を
ごめんね、こんな最低な幕引きで
でもこれが、望めた最高だったんだ
一緒に、なんて、高望みは出来ないから
代わりに
その瑕を、君の未来まで連れてってよ
ころりん、ころりんと
蜩に交じった誰かが手招く
風鈴の音だ
軽く見回すだけでは姿も現さないが、きっと熱に耐えかねた居住者の声でも代弁しているのだろう
彼らの聲は不得手だ
確かに安らぎを与えてはくれよう
実際、この国に生まれた人らの約半数ほどに、その音色を耳に入れると体感温度の低下が見込めたと聞いたことがある
なんでも脳が、風が吹いたと聴き紛うそう
だけれどしかし、どうしても恐ろしいのだ
なんとはなしに、漠然と
その音に、背の底の真相を、突かれるように思えているから
これでいいのかと滔々と、糾問されているようで
君のその鋭利で浅い叫声が、どうしても
あぁまたほら弾けそうな程に劈いている
どうせ幾千とその波の世界に連れ立っていくんだろ
そして指差し続けるんだろう、あの日君を見た日の普通を
構わないよ、構わないから構わないでくれ
君を見つけていると痛いんだだから
本当、全くもって本当に
今日が生憎の曇天で、よかった
もしも、その言葉を慢性的に繰り返す
もしも、ああだったら、こうだったら
もしも、水が水のままで燃え続けたなら
もしも、大気汚染で世界が青く染まったなら
もしも、世の中と反りを合わせることが出来たなら
もしも、自身に才能が認められたなら
もしも、何も恐れずに済んでたなら
もしも、
生まれて来て、なかったんなら
そんな風にずっと心だけ、逃避行している
そうやって奥底で喚く需要を飲み下す
けれど時たま、この行為がほんの少しだけ、虚しく思えてしまったのは、
多分
いや、やめにしよう
面倒で無益なことは考えん主義だ
次、次はこれにしよう
もしも、居場所の意味を知れるなら
人は誰しも、冒険をしてる
この広大な情報の海とも言える世の中から、自分の人生の輪郭や構造を探る
そんな大冒険を
そして僕もまた、今日も冒険をしてる
思考に潜る
溺れそうになる程に様々な感情や知見、そして課題や陰が溢れ出す
それらを纏めて、並べて、考えて考えて疑って疑って
そうしてやっと安息の地へと帰れる
自分はきちんと生きているんじゃないかと、多少は信用出来る気がしたから
人は、自身の存在を他者と同じように感じることは出来ない
何故なら、辺りを舐めるように見回すこの目は、結局は自分という箱に囚われているのだから
だからこそ、外から自身を観測することが出来ぬのだ
ならば、本当に僕は、生きていると解るのだろうか?
所詮、生というものも他者から与えられた情報に過ぎない
地に足つけて立っているかどうかすら、この目では理解することが出来ない
そもそも、他者というのがどういったものなのかすら
未だはっきりしていない
けれど、それでも、生きてみたい
特に理由なぞは無いのだろう、強いて言うなら憧れだ
ちゃんと生きて、ちゃんと笑える
それがなんとなく羨ましかったから
からこそ、また
冒険をしてる