「新年、明けましておめでとうございます。」
と、0時0分ぴったりに彼からメッセージが届いた。
やけに畏まった文章に思わず口元が緩む。
「明けましておめでとう!今年もよろしくね〜。」
送信を完了したと同時に既読がついた。すぐに返信が来るだろうと踏んでいたが中々来ない。
待ちくたびれてスマートフォンを閉じようとした瞬間、返事がやってきた。
可愛らしいキャラクターのスタンプだった。
大きな「大好き!」の文字の上にキャラクターが乗っている。
突然の愛の告白に驚いていると、突然そのスタンプが見えなくなった。
送信取り消しの文字。先ほどのスタンプの代わりに、
今年もよろしく。と挨拶をしている可愛いネコのスタンプがやって来た。
「ごめんなさい!間違えました。」
彼からの謝罪のメッセージも遅れてやって来る。
消さなくてよかったのに…と内心寂しかったことは、今年最初の秘密だ。
何となく入ったスーパーで出会った。
「久しぶり。元気してた?」
懐かしい声。姿。この大晦日に彼女の顔を見ることになるとは、数分前の自分には予想も付かない。
近況報告や再会の喜びの共有が終わると、彼女は外をふっと見た。
「あ、そろそろ帰らなきゃ。」
外は暗くなっている。
帰宅するべき時間であることは一目瞭然だ。
「じゃあ、」
最後は、この言葉だろう。
『良いお年を。』
ある晴れた日の午後のことだった。
アンドリューが乱杭歯を剥き出しにしてニヤついている。
サラは知っていた。アンドリューが楽しいことやワクワクすることを思い浮かべる時、決まってこの顔をする。
ああ、こっちへ向かってくる。
優しいサラは、アンドリューの話に耳を傾けてやった。
「ああ、ジェイコブ爺さんの家の裏庭を行くんだ。くれぐれも足音を立てるんじゃないぞ。神経質な怒りんぼじいさんだからな。ちょっとでも音がしたら、すぐに飛んでくるぞ。」
「その先に宝物があるの?」
「そうさ。今日の夜こっそり抜け出してこいよ。オレとお前だけの秘密だからな。」
サラは真っ暗な夜中に外出することを怖がったが、行くことに決めた。
アンドリューが宝を独り占めするのはもっと嫌だったのだ。
夜、ベッドにクマのぬいぐるみを代わりに寝かせ、ジェイコブ爺さん宅の裏庭へ急いだ。既にアンドリューは待っていた。
集合すると2人は一言も発さず、小さな頷きを交わして宝の在り処へ急いだ。
風が頬をなでる。暗闇にも目が慣れてきた。
進み始めて数分だろうか。広い丘が2人の前に姿を現した。
「ねえ、宝物はどこなの?」
アンドリューは立ち止まったまま、天を指差した。
「空を見るんだ。」
見上げたサラの瞳に映るのは、空一面に散りばめられた星たち。アンドリューの言う宝とは、この美しい星空のことらしい。
「最高にキレイだろ?」
サラは拍子抜けして、笑みを漏らした。
「アンドリューらしくないね。もっと違う物を期待してたんだけど。でも、来て良かった。」
無数の星に包まれて、2人の笑顔が煌めく。
世界の片隅で、その命は静かに、けれども確かな足取りで終わりへの道を歩み始めていた。
―良い人生、いや虫生だったろうか。
運良く大きな生物に目を付けられることも無く、穏やかにこの生を終えようとしている。
ああ、急に辺りが暗く…。人間の影だろうか。
最後に跡形もなく潰されて終わる。私も仲間たちと何ら変わらない最期を迎えるのだな。
しかしその人間はいつまでたっても手を振り下ろさない。
じっと地面に張り付いて動かない私を見つめている。
食い入るように、決して見逃さないように。
そして花を私に寄り添わせた。
最期の時。
この虫生で唯一伸び伸びと恐れることなく、過ごせた時間だ。
遠い街の誰かが言っていた。
人生とは魂、心の修行なのだと。
私は聞き返した。
修行の先に何があるのかと。
その人は僅かに首をことん、と下に傾け
指で顎をなぞった。熟考しているときの癖だ。
結局、その答えは聞かせてくれなかったけれど。
ねえ、聞いていますか。
だから私には、この目で見るしか無くなったのですよ。
あなたが教えてくれなかった、この旅路のゴールを。
試練を耐え抜いた先にあるものを。
あなたが全部教えてくれたらよかったのに。
そしたら今頃、もっと美しい場所に行ってしまえたでしょう。
優しいあなただから、仕方がない。