目に見えないもの
形のないもの
そういうのって、信用できない。
目に見えるもの
形のあるもの
そういうのしか、信用できない。
だのにみんな、
目に見えないものが大事なんだって言う。
形のないものが大切なんだって言う。
ねえ、
目に見えないなら
形がないなら
あなたが思い浮かべるものと
わたしが思い浮かべたもの
全然違うかもしれないのに
確かめようなんてできないのに
どうして簡単にそういうことを言えちゃうの?
20240924.NO.61「形のないもの」
──あれは、いつのことだったろう。
小学生、いや、幼稚園?
「いちばん最初にジャングルのてっぺんに着いた人が王さま!」
誰かがそう言って、俺たちは必死になってジャングルジムを登った。
しがみつき、よじ登り、ときにはライバルの腕を蹴飛ばして──そうして俺は王さまになった。
あとから来る友人たちが羨ましそうにこちらを見上げているのが、ひどく心地よかったことを覚えている。
10代にもなっていない頃の出来事。
それが俺の人生の頂点だった。
「ってて……。ここ、どこだ?」
夢から醒めた俺はあたりを見渡した。
ジャングルジムのてっぺん。そこから下る一方だった俺は、ついに大量の薬物を摂取しての自殺をはかった。
はかった──のだが。現にこうして意識があるし、周りの景色は見慣れた俺の部屋ではない。
赤黒い、洞窟の中みたいな陰気な風景だ。
「地獄、か……?」
恐る恐る一歩を踏み出した途端、
「ピイィィィイ!!!!」
何かが俺の横を通り過ぎた。無様にしりもちを着いた俺の頭上をそいつは旋回する。
鳥、鳥だ。でもただの鳥じゃない。燃え盛る身体に羽の代わりに舞う火の粉。火の鳥だ。
「あ〜〜待てって! ──おや、本当にお客さんだ」
次いで気の抜けた声とともにひとりの青年が走ってくる。そいつは俺と目が合うと驚いた顔をしてから足を止めた。
「やあ、初めまして。僕は魔法雑貨店の店長だ。さて、君は?」
こちらに手を差し伸べながら笑うそいつの目は──悪魔みたいに怪しく煌めいていた。
20240923.NO.60.「ジャングルジム」
魔法雑貨店店長新シリーズ
歌姫編のラストは「カレンダー」と「声が聞こえる」に時間あるとき書きます!
(前の話を書いていないのでまだ書けない!)
20240922.NO.59「声が聞こえる」
「ねえ未来、知ってる? 秋に始まった恋は長続きするんですって」
「ほーん。なんで?」
「ほら、秋から冬にかけてはイベントいっぱいあるじゃない。ハロウィンから始まってクリスマス、正月、バレンタインホワイトデー……。あ、クリスマスは未来の誕生日もあるし!」
「せやね」
「だから彼女を作るならそろそろいい時期じゃない? イベントもそうだし、これから涼しくなってお出かけもしやすくなるし、秋はご飯が美味しい季節でもあるし……」
「そうね〜〜。でも俺、」
「アレルギーのことは心配しないで、未来の食べられないものはバッチリ把握してるから。甲殻類と桃、梨、バナナあたりでしょ。だったらきのこ狩りとかいいと思うの! 綺麗な紅葉を見ながら空気の美味しいところできのこを採って、帰ったら炊き込みご飯にするの! ねえ素敵じゃない?」
「お、おう。イイトオモイマス」
「私もちょうど彼氏と一緒にきのこ狩り行きたいな〜って思ってたの。ほんっと、いま告白してくれたら絶対オッケーしちゃうんだけどな〜〜。本当に、いま、告白してくれたら、絶対に、100%、オッケーしちゃうんだけどな〜〜。そういう人いないかな〜〜〜〜」
「(視線が超怖い……)」
「サトル先輩、あのふたりはなにをやってるんです? キキ先輩がむっちゃジンゴ先輩に迫ってるように見えますけど」
「いい質問です、カイくん。あれは彩樫高等学校3年生名物、あるいは七不思議のひとつ、『ヘタレと両片思いをこじらせすぎて一向に進展しないアホカップル』です。あのふたりは誰がどう見ても両思いなのになぜかお互い告白を渋り、実質付き合ってるようなもんなのに互いに付き合っていないと言い張る謎な関係をかれこれ3年は続けています。3年。アホかよ周りの身にもなれ」
「キキ先輩のあれはもう告白じゃないですか」
「そう思うじゃないですか。どっこい、本人たちは告ってないって言うんですよね〜〜」
「謎ですね〜」
「ホント謎〜」
「おーい、カイ、サトルー! エミも誘ってさー、来週みんなできのこ狩り行かね?」
「(これヘタに行ったらキキ先輩に埋められません? 大丈夫ですか?)」
「(さすがにそれはないですよ……たぶん)」
「(たぶんかあ〜)」
「ていうか……。エミさんが行くなら、僕も……」
「あ!! サトル先輩!! ずるい! 抜け駆け!! くそ、実質それダブルデートじゃないですか!!」
「んなことねーから。カイも行こーぜ」
「うふふ、そうよ。サトルとエミちゃんはともかく、私たちは付き合ってもいないから。付き合っても。いないから」
「(2回言った……)」
「せっかくだしカイくんも行きましょうよ。ちゃんと声かけますから」
「チクショウ!!! 哀れみの目を向けないでください!! みんな行くなら行きます!!!!」
出演:「サトルクエスチョン」より 白沢希喜(しろさわ きき)、仁吾未来(じんご みらい)、問間覚(といま さとる)、神宮開(じんぐう かい)
20240921.NO.58.「秋恋」
ミサを拾ったのに特段深い理由なんてない。ただの気まぐれだ。
彼女と会ったのはとある晴れた日。ギルドへ帰る途中だったおれは、「ぱぱ」と声をかけられた。
よくある手口だ。「ぱぱ」とか「まま」とか、小さい子どもに声をかけさせて、「親とはぐれて迷子になった。探すのを手伝ってほしい」とかなんとか言わせる。それで一緒に探してくれようとした親切なやつを路地の奥に連れ込み、そこで待ってる仲間が身ぐるみをまるっと引き剥がす。ここ貧民街じゃあ、日常と言ってもいい景色だ。
だから無視してもよかったんだけど、その日のおれはなんとなくその話に乗ってみた。
ここらではかなり顔の知れたおれに声をかけてきたのがおもしろかったし──なにより、彼女の目。ふわふわとした長髪はよくある灰色だったけど、大きなぱっちりとした目は深い深い青色で──それはおれの瞳とまったく同じだった。
もしかしたら、って思わなかったと言えば嘘になる。寝た女のことなんていちいち覚えちゃいない。その中の誰かが身籠って産んでたとしたって、なにもおかしくはないわけだ。
だから本当に「まま」がいる可能性も一応考えてついていき、果たしてその先にはガラの悪い仲間がいて、おれはため息をついてそいつらをボコボコにした。
もうここに用はない。早々に立ち去ろうとしたおれに、彼女はまた「ぱぱ」と叫んだ。
「おれはきみのぱぱじゃない。あはっ、もしかしたら本当にぱぱかもしれないけどね。でももう用事なんてないだろう? きみがここでひとりで生きていくのは難しいと思うよ、早く次の仲間を探しな。それじゃあね」
「ぱぱ。待って! 行かないで!」
なんでだろう。そう言って泣きじゃくる彼女を放って立ち去ることがおれにはできなかった。
女も子どもも関係ない。いままで何人も殺してきた。何人も見殺しにしてきた。
その数が1増えたって今さらなんだって話なのに──どうしてか、そこで背を向けることができなかった。
「一緒に来るかい?」
「──! うん!」
邪魔になったら捨てるつもりでいた。イルのときとはわけが違う、まだ小さな女の子だ。殺すのなんて一瞬だ。
でも、その日から。
一緒に出かけるときは危ないから必ず手を繋いだり。
金なんて余ってるから全部ミサの服に使ったり。
おれはそんなに食べないから、食べ物は毎回ミサに半分あげたり。
そんなこんなで、結局おれはまだミサと一緒にいる。
出演:「ライラプス王国記」より アルコル、ミサ
20240921.NO.57.「大事にしたい」