ミサを拾ったのに特段深い理由なんてない。ただの気まぐれだ。
彼女と会ったのはとある晴れた日。ギルドへ帰る途中だったおれは、「ぱぱ」と声をかけられた。
よくある手口だ。「ぱぱ」とか「まま」とか、小さい子どもに声をかけさせて、「親とはぐれて迷子になった。探すのを手伝ってほしい」とかなんとか言わせる。それで一緒に探してくれようとした親切なやつを路地の奥に連れ込み、そこで待ってる仲間が身ぐるみをまるっと引き剥がす。ここ貧民街じゃあ、日常と言ってもいい景色だ。
だから無視してもよかったんだけど、その日のおれはなんとなくその話に乗ってみた。
ここらではかなり顔の知れたおれに声をかけてきたのがおもしろかったし──なにより、彼女の目。ふわふわとした長髪はよくある灰色だったけど、大きなぱっちりとした目は深い深い青色で──それはおれの瞳とまったく同じだった。
もしかしたら、って思わなかったと言えば嘘になる。寝た女のことなんていちいち覚えちゃいない。その中の誰かが身籠って産んでたとしたって、なにもおかしくはないわけだ。
だから本当に「まま」がいる可能性も一応考えてついていき、果たしてその先にはガラの悪い仲間がいて、おれはため息をついてそいつらをボコボコにした。
もうここに用はない。早々に立ち去ろうとしたおれに、彼女はまた「ぱぱ」と叫んだ。
「おれはきみのぱぱじゃない。あはっ、もしかしたら本当にぱぱかもしれないけどね。でももう用事なんてないだろう? きみがここでひとりで生きていくのは難しいと思うよ、早く次の仲間を探しな。それじゃあね」
「ぱぱ。待って! 行かないで!」
なんでだろう。そう言って泣きじゃくる彼女を放って立ち去ることがおれにはできなかった。
女も子どもも関係ない。いままで何人も殺してきた。何人も見殺しにしてきた。
その数が1増えたって今さらなんだって話なのに──どうしてか、そこで背を向けることができなかった。
「一緒に来るかい?」
「──! うん!」
邪魔になったら捨てるつもりでいた。イルのときとはわけが違う、まだ小さな女の子だ。殺すのなんて一瞬だ。
でも、その日から。
一緒に出かけるときは危ないから必ず手を繋いだり。
金なんて余ってるから全部ミサの服に使ったり。
おれはそんなに食べないから、食べ物は毎回ミサに半分あげたり。
そんなこんなで、結局おれはまだミサと一緒にいる。
出演:「ライラプス王国記」より アルコル、ミサ
20240921.NO.57.「大事にしたい」
9/21/2024, 7:10:54 AM