氷室凛

Open App
8/18/2024, 2:26:28 PM

「うわっ!?」
「どうした?」

 後ろからヨキの悲鳴が聞こえギンジたちは振り返った。
 ヨキは口をパクパクさせながらこちらを──その奥の大きな鏡を指差している。

「いま、男女が……鏡に映ってなかった……!」
「真弓が? ああこれ、照妖鏡だからな」
「しょうようきょう?」
「照妖鏡、またの名を照魔鏡。相手の本当の姿を映し出す鏡の妖《あやかし》です。映っていなかったわけではなく、私の真の姿は弓曳童子《ゆみひきどうじ》──とどのつまり、からくり人形にすぎませんから。ほら、ここに」

 真弓の伸ばした指先を見る。鏡に映る一同の足先、そこには片手に弓を握り腰から矢筒を下げた日本人形がちょこんと座っていた。

「本当の姿を映す……。じゃあ、オレは……」

 ヨキは自分の腕を抱えた。
 人の身でありながら内に妖を宿すこの身は──真の姿を映す鏡にはどう映るだろう。
 この姿がそのまま映ればそれでいい、だが、もしそうでなかったら──。

 俯くヨキを見てギンジは小さく息を吐いた。そしてコンコン、と軽く鏡を叩く。

「鏡子、いるんだろ?」
「はいは〜い、ただいま。ギンジ様、お久しぶりです〜! 今日はなにを見ちゃいます? 左腕の具合? 10年後の姿? それともあの子のお・風・呂?」
「あの子のおふぐぁっ! 真弓、本気の腹パン痛い……」
「まったく、ギンジ殿はいつからこうなってしまったのか……。側近として情けない限りです」
「くすくす。矢一は相変わらずね。失礼、いまの名は真弓だっけ」

 高い可愛らしい声と共に、鏡に映った襖が開いて髪の長い女が現れる。ヨキは思わず振り向いたが、そこには誰もいない。
 ギンジはニヤニヤと目を細めた。

「振り返ったって誰もいねぇぜ、ヨキ。こいつは照妖鏡の鏡子。鏡の中に住んでる」
「わ、わーってらい!」
「鏡子、このガキが通る時だけ見たまんまの姿を映してくんねぇか? お前なら屋敷中の鏡に干渉できるだろ」
「できるけどぉ〜。いいのかしら、ギンジ様。その子、内に妖がいる。人と妖、どちらが本体かわかったものじゃないわ」

 鏡子の言葉に、ヨキはまた下を向いた。その頭をクシャリと撫でられる。

「どっちだって、こいつはこいつだ。何が映ったってそこは変わんねぇよ。な、そうだろヨキ!」




出演:「からくり時計」より ヨキ、ギンジ、真弓、鏡子
20240818.NO.26.「鏡」

8/17/2024, 11:52:19 AM

思い出は足枷になるってわかっている。

あの子と撮ったツーショット。
喧嘩してもう連絡つかなくなっちゃった。

元彼にもらったぬいぐるみ。
1ヶ月しか付き合ってない相手に思い出もなにもないけれど。

昔の推しに書いてもらったサインチェキ。
あの時あんだけハマってたのに、もう新曲チェックすらしなくなっちゃった。

見るたびに思い出して懐かしくなって悲しくなる。
だったらそんなもの捨ててしまえば部屋も心も軽くなるはずだ。
ずっとずっとそう思って、それでも今まで抱えて生きてきてる。


全身を枷みたいに覆うそれらが、わたしのことを型どって象って形どって作っている気がするから。




20240817.NO.25.「いつまでも捨てられないもの」

8/16/2024, 1:48:04 PM

どうしてぼくはみんなと違うんだろう。

どうしてぼくのはみんなみたいに、黒くて、ツヤツヤで、平べったくないんだろう。

みんなと違うぼくはまた仕事をクビになった。

今日から新しい雇い主のところだけど、きっとまたすぐクビになるんだろうな。
みんなにからかわれて笑いものにされるんだろうな。

「なにを言っているんだ! お前の鼻は真っ赤で、ピカピカで、真ん丸で、夜道を進むのにぴったりじゃないか! これからガンガン働いてもらうからな!」

サンタさんにそう言ってもらえて──僕の胸は誇らしさでいっぱいだった。




20240816.NO.24「誇らしさ」

8/16/2024, 1:48:15 AM

「……暗ぇー。なんも見えねー」
「そうだな」
「まじでここで酒飲む? さっきのとこ戻らね?」
「いいんじゃないかここで。向こうは騒々しくてかなわん」

 生駒はビニール袋とともに腰を下ろした。ジンゴも諦めて隣に並ぶ。
 コンクリートの堤防の下はもう海だ。つまみ代わりに潮の匂いを吸い込み、ふたりは缶ビールを開けた。プシュ、と景気のいい音が鳴る。

「乾杯」
「かんぱ〜い」

 生駒は高校生の頃から低い落ち着いた声で、それのファンを自称する女子生徒も多かった。潮騒をBGMに彼とする思い出話はひどく心地がいい。

 緩い笑みを浮かべて頷くジンゴをちらと見て──生駒はビール缶を握りしめた。
 静かな夜の海に、ピシッ、と鋭い音が響く。

「うん? どした? 酔った?」
「……その。本当に今さらという感じだが……お前にひとつ謝りたい」
「あん? なんかあったっけ?」
「…………最後の文化祭の時のこと。気づいてやれなくて、すまなかった」

 高校3年生の文化祭。正確に言うならその数日後。自分が起こしかけてすんでのところで未遂に終わったとある出来事を思い出して、ジンゴは薄い笑みを浮かべた。

「……あー。あれ。別に、いいよ。生駒がなんかしたわけでもないじゃん」
「それでも……すまなかった。……何より、俺はずっと自分が許せなかった。お前のことを物事を深く考えない、明るくて悩みなんてないやつだと思っていた。本当に悪かった」

 だからいいって、とジンゴは友人から顔を逸らした。
 ふたりの他にひと気はない。夜の海は、真っ黒で、どこまでも広がっていて──光と共に自分さえも吸い込まれてしまいそうだ。

「つか、なんで今さら。それこそあの年にキャンプ行ったときとか、お前なんも言わなかったじゃん」
「あの時もな……考えてはいた。あんなことの後にふたりで出かけるとなれば、考えないわけはない。だが、なんと言うか……。お前は触れられたくないかもしれないと思っていたし、それ以上に──俺もなんと言えばいいかわからなかった。自分の中で考えがまとまっていなかった」
「3年経ってやっとまとまったってか?」
「……どうだか。結局、それほど明確にまとまったわけじゃない。だが、なんとなく……話しておこうという気になった。いまを逃したら2度とこの話をできない気がした」

 落ち着いた低い声で、自分の意思は淡々とハッキリ表明する。それが生駒のイメージで──言い淀みながら話すのは珍しかった。
 けれどなんとなく、それでも彼が話した気持ちもわかる気がする。

 考えながら話したって、波の音が気まずい間を打ち消してくれるから。
 静かで真っ黒な海なら、どんな話でも受け止めてくれる気がするから。

 そう思って、ジンゴはまたゆるりと息を吐く。

「……そっか。じゃあ、話せてよかったな」
「ああ、そうだな」
「この後どうする?」
「どうだ、せっかくだし日が昇るまで語り合ってみるか?」
「えー、無理。ねみぃ。宿戻ろうぜ」
「そうか……」
「なに、まだ話したいことあった?」
「これといって明確にあるわけではないが……。せっかくだしもう少し話してもいいなと思っただけだ。お前がもういいなら戻ろう」
「俺はへーき。でも、話したいなら……うん、もう来年だな。また来年、今度は朝日見ながら喋ろーぜ!」
「……ふっ、そうだな。また1年後に会おう」






出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)、生駒龍臣(イコマタツオミ)
20240815.NO.23.「夜の海」

8/14/2024, 5:09:31 PM

「なあ、生駒ぁあ〜〜! 疲れた! ちょっと休もうぜ」
「お前、さっきもそう言って休んだばかりだろ」
「そっからまた疲れた」
「まったくお前は……。そもそもこの、湖一周サイクリングをやりたいと言い出したのはお前だろ。この調子じゃ1日かかっても一周できんぞ」
「そりゃ、そういうイベントあったらやりたいじゃん。でも思ったよりきつかった。つーかお前が漕ぐの速い。もっと労われよ」
「どう考えてもお前の体力がなさすぎるぞ仁吾未来」
「うっわ突然のフルネーム。んなこと言ったってさ、俺高校の頃だって半分も体育の授業出てねぇぞ」
「知らん。そもそもお前と同じクラスになったことなどない」
「それは、確かに! でも俺が運動できないのってまあまあ有名だったじゃん」
「そんなことを誇るな。高校だって卒業してからずいぶん経ってる、そんな些末なこと覚えてられないさ」
「ゆーてまだ3年だし。──あっ、生駒くん。そこにカフェがありますよカッフェエが。涼んで思い出話でもしましょうよ」
「だからそんなことしてたらいつまで経っても進まないと……」
「だーー!! 鬼畜! 疲れた! 俺が喘息起こしてぶっ倒れても知らねぇぞ!」
「何歳だよ……。おいジンゴ、看板見ろ。ここから3km先に甘味処があるらしいぞ。お前和菓子派だったろ。そこまで行って休憩というのはどうだ?」
「──! 行く! ヒヒッ、覚えてんじゃん!」




出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)、生駒龍臣(イコマタツオミ)
20240841.NO.22「自転車に乗って」

Next