氷室凛

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「……暗ぇー。なんも見えねー」
「そうだな」
「まじでここで酒飲む? さっきのとこ戻らね?」
「いいんじゃないかここで。向こうは騒々しくてかなわん」

 生駒はビニール袋とともに腰を下ろした。ジンゴも諦めて隣に並ぶ。
 コンクリートの堤防の下はもう海だ。つまみ代わりに潮の匂いを吸い込み、ふたりは缶ビールを開けた。プシュ、と景気のいい音が鳴る。

「乾杯」
「かんぱ〜い」

 生駒は高校生の頃から低い落ち着いた声で、それのファンを自称する女子生徒も多かった。潮騒をBGMに彼とする思い出話はひどく心地がいい。

 緩い笑みを浮かべて頷くジンゴをちらと見て──生駒はビール缶を握りしめた。
 静かな夜の海に、ピシッ、と鋭い音が響く。

「うん? どした? 酔った?」
「……その。本当に今さらという感じだが……お前にひとつ謝りたい」
「あん? なんかあったっけ?」
「…………最後の文化祭の時のこと。気づいてやれなくて、すまなかった」

 高校3年生の文化祭。正確に言うならその数日後。自分が起こしかけてすんでのところで未遂に終わったとある出来事を思い出して、ジンゴは薄い笑みを浮かべた。

「……あー。あれ。別に、いいよ。生駒がなんかしたわけでもないじゃん」
「それでも……すまなかった。……何より、俺はずっと自分が許せなかった。お前のことを物事を深く考えない、明るくて悩みなんてないやつだと思っていた。本当に悪かった」

 だからいいって、とジンゴは友人から顔を逸らした。
 ふたりの他にひと気はない。夜の海は、真っ黒で、どこまでも広がっていて──光と共に自分さえも吸い込まれてしまいそうだ。

「つか、なんで今さら。それこそあの年にキャンプ行ったときとか、お前なんも言わなかったじゃん」
「あの時もな……考えてはいた。あんなことの後にふたりで出かけるとなれば、考えないわけはない。だが、なんと言うか……。お前は触れられたくないかもしれないと思っていたし、それ以上に──俺もなんと言えばいいかわからなかった。自分の中で考えがまとまっていなかった」
「3年経ってやっとまとまったってか?」
「……どうだか。結局、それほど明確にまとまったわけじゃない。だが、なんとなく……話しておこうという気になった。いまを逃したら2度とこの話をできない気がした」

 落ち着いた低い声で、自分の意思は淡々とハッキリ表明する。それが生駒のイメージで──言い淀みながら話すのは珍しかった。
 けれどなんとなく、それでも彼が話した気持ちもわかる気がする。

 考えながら話したって、波の音が気まずい間を打ち消してくれるから。
 静かで真っ黒な海なら、どんな話でも受け止めてくれる気がするから。

 そう思って、ジンゴはまたゆるりと息を吐く。

「……そっか。じゃあ、話せてよかったな」
「ああ、そうだな」
「この後どうする?」
「どうだ、せっかくだし日が昇るまで語り合ってみるか?」
「えー、無理。ねみぃ。宿戻ろうぜ」
「そうか……」
「なに、まだ話したいことあった?」
「これといって明確にあるわけではないが……。せっかくだしもう少し話してもいいなと思っただけだ。お前がもういいなら戻ろう」
「俺はへーき。でも、話したいなら……うん、もう来年だな。また来年、今度は朝日見ながら喋ろーぜ!」
「……ふっ、そうだな。また1年後に会おう」






出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)、生駒龍臣(イコマタツオミ)
20240815.NO.23.「夜の海」

8/16/2024, 1:48:15 AM