氷室凛

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8/13/2024, 11:58:53 AM

心の健康なんて、考えたことなかった。
いつだって体の健康で精一杯だった。

それに、ほら。

学校いけばダチいっぱいいるし。
別に成績もいいし。
部活も楽しいし。後輩も入ったし。
委員長とかやっちゃってるし。



だから、だから



食えねーもんいっぱいある重度のアレルギー体質だとか、走ったらすぐ喘息出るとか、寝起きはほぼ毎日吐いてるとか、いまだに年一は入院してるとか、さいきんよく眠れないとかおなじ敷地内に住んでるのに父親とほとんど顔合わせたことないとか使用人はおれと目もあわせてくれないとかはんぶんだけ血のつながってる姉には完全にきらわれてるとか俺のすんでる離れには外からもかかるかぎがあるとか本邸にはちかろうがあるとかせっかくいっしょに引っ越したのに母さんはおれのことなんてみむきもしないでそとで遊んでばっかだとか


そういうのをあと一歩ふみだせば考えないですむかなっておもって、


俺は、






出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)
20240813.NO.21.「心の健康」

8/12/2024, 12:18:29 PM

 黄色い声、という言葉がある。
 主に女性や女の子の甲高い声援を指す言葉。

 けれどあのとき私が見た彼の歌声は、比喩でも慣用句でもなく、本当に黄色だった。

 教室の戸の隙間から流れ出るパッキリとしたレモンイエロー。そこに明るいオレンジやチェリーレッドがポンポンと浮かんでは消え、ポップでアップテンポな曲を彩っている。

 それは、この分厚い曇り空を吹き飛ばすくらいに鮮烈で。

「──ねえ。あなたの声──いや、あなたの歌ってた音楽。すっごく黄色いんだね。明るくて、綺麗で……。私、この曲好きかも。なんて曲?」
「──え。うわ!? 誰!? き、聞かれて──!? ここなら誰にも聞かれずに練習できると思ったのに……。え、ていうか、黄色ってなに!? 俺の声高いって意味?」

 思わず教室に踏み込みたずねた私に、中にいた男子生徒は慌ててスマホから鳴っていた音楽を止めた。
 あの綺麗なレモンイエローが水に溶けたみたいに消える。

 バタバタしながら矢継ぎ早に言う彼に、私はちょっと悪かったかなと思いながら微笑んだ。
 この話はあんまり他人にしていないんだけど、まあ自分から振った話だし。

「確かに高い方だと思うけど、私が言ってるのはそういう話じゃないんだな。共感覚って知ってる? 簡単に言えば文字や声に色とか触感を感じる人のことなんだけど、私はメロディーに色を感じるの。だからあなたの歌声が“見える”。それとね、ここは文芸部の部室。入り口にちゃんと書いてあるはずだけど、見てなかった? そして私は文芸部部長。さあ、私の自己紹介はしたよ。あなたは?」
「俺は──」

 6月の半ば、梅雨の真っ盛り。
 分厚い灰色の雲の下、それを貫くような鮮やかな黄色い歌声に導かれて。

 私と、彼は出会った。





20240812.NO.20「君の奏でる音楽」

8/11/2024, 2:05:58 PM

「──さて。この辺りのどこかに、きみがいるはずだけど」
「あ、あれ。きっとあれです。麦わら帽かぶってるあの子」

 元の世界で歌姫と呼ばれていた私はライブ中に倒れ、自身を魔法雑貨店の店長だと名乗る男性と旅をしていた。店長さん曰く、私の心はどこかに囚われてしまっていて、その心と鍵を見つけ出さないと目が覚めないんだとか。

 彼の肩に乗った火の鳥が示す方向へ進んでいた私たちは、その甲高い鳴き声で足を止めた。その先にあるのは、こちらをじっと見つめているようなひまわり畑。

 そのひまわり畑の中に、麦わら帽子を被り真っ白なワンピースを纏った少女がいる。
 ──私だ。小学校低学年の頃の、私。

「過去の過ち、後悔──ここはそういうのが具現化した世界だ。さて、むかしのきみは、このひまわり畑でなにをしでかしたのかな?」
「しでかしたって──。違う、違うんです!!」

 店長さんが片方の眉を器用に上げてこちらを見る。けれど私にはそんなことどうでもよかった。

「あの日、私たちは家族でこのひまわり畑にきた! 数日前に買ってもらったばかりの、新品で、お気に入りの麦わら帽子を被って! だけど、風で飛ばされちゃって……」
「それでそのままなくしちゃった、ってことかな?」

 その言葉にブンブンと首を振る。この私は立派に成人済みなはずなのに、私まで子どもに戻ったみたいだ。
 子ども──そう、私たちがいま見ているこの景色は過去の再現だ。

 突如として風が吹き、同じ顔をしてひまわりが揺れる。私の麦わら帽子が吹き飛ばされる。

 ……別に、それだけだったらここまで引きずったりしなかったはずだ。私の不注意で大事な麦わら帽子が飛ばされてしまった、それだけなら。

 飛ばされた私の麦わら帽子を、別の女の子が拾い上げる。あの時の私より、いくらか小さい女の子。
 その子はそれをしげしげと眺めて、自分の頭に乗せた。

「ままー、見てー!! かわいいのひろった!!」

 その子は両親のもとへ走り、その両親もニコニコとそれを受け入れた。

「──ああ、なるほど。盗られたんだ」

 私はぐったりと頷いた。

「そうなんです。すぐに取り返そうとしたけど、相手の女の子は泣き出して話にならないし、その子の親は言いがかりだとか言ってくるし。それにっ……。いちばん許せなかったのが……っ」

 あの時、私だって私の親に泣きついた。けど両親は……。「あの子の方が年下だから、譲らなくっちゃ」とか、「今度から飛ばされないように気をつけないとね」、とか言って。

 ひとつも私の味方をしてはくれなかった。

「そりゃ、全然知らない他人と事を荒立てたくない、ってのは、いまならわかりますけど……っ! でも、でも……! あの時からずっと、私の味方なんてどこにもいないんだ、って思えて……」
「なら、きみが行ってやりな」
「え?」
「あのとき誰も手を差し伸べてくれなかったきみを、立派に成人したきみが助けてやりな! ほら!」

 突然店長さんに背中を押され、私はふらふらと彼らの前に躍り出た。ふたりの女の子と、その両親──合計6つの視線が集中する。

「……どなたでしょうか?」

 自分の母親と目が合う。私は口をぱくぱくさせてから、

「あ、あの! 私、見てました!」
「はい?」
「その麦わら帽子、元々その子が被ってました! それが風に飛ばされて、そっちの子が拾って……」
「なんですか、あなた!? うちの子が他人様の物を盗ったって言うんですか?」
「いや、えーっと……」

 一瞬その通りだと言いかけて、泣いている女の子を見て言葉を飲み込む。
 私はかがんでその子と目を合わせた。

「ね、あなた。その麦わら帽子、とっても可愛いよね。可愛いから、落ちてるのを見てつい手に取ってみたくなっちゃったんだよね」
「……うん」
「うふふ、そうだよね、このお帽子、とっても可愛いもんね。あなたにもよく似合ってる。写真撮ってあげようか?」
「いいの?」
「もちろん。でもね、それは拾ったものだからね。お写真撮ったらどうしたらいいかわかるかな?」
「……かえす」

 泣き腫らした目でそう言った彼女に、私は大きく頷いた。

 その後、会ったばかりの2家族のよくわからない記念撮影をして、女の子は私に向かって麦わら帽子を手渡してきた。どうやら直接渡すのは恥ずかしいらしい。年頃の女の子にはよくあることだ、私は笑顔でそれをもうひとりの女の子──過去の自分へと差し出した。
 あの時の私はもじもじと俯いてから、

「……ありがとう。ねえ、お姉さんってどっかで会ったことあるかな?」
「え? いや、えーと。どうだろうね?」
「ふふ、変なの。帽子取り返してくれてありがとう。とっても嬉しかった!」

 ──ああ。あの頃の私は。こんな顔をして笑うんだ。

 もしかしたら他の誰かにとってはとても些細なことかもしれないけれど、私にとってはひどく重要だったこと。10年以上も引きずり重しになっていた、とある悔恨。

 それが、晴れる。

 ふたりの少女もその両親も、一面のひまわり畑さえがかき消え、私の手元には麦わら帽子だけが残された。

「うーん、残念。ここにはきみの心もその鍵もないようだ。きみの目が覚めるのはまだ先になりそうだよ」
「そうですね……。次、行きましょう!」

 店長さんに笑いかける。
 被った麦わら帽子が、どんな味方よりも頼もしかった。




20240811.NO.19.「麦わら帽子」

8/10/2024, 2:01:34 PM

テーブルに突っ伏しゆっくりと呼吸するサラリーマン。

ドリンクバーのジュースをチューチュー吸いながらひたすらスマホを眺める学生さん。

こんな時間でもPCを開いてカタカタやってる意欲的な女性。

ただよう気怠げな空気と絶望感。
時たま場違いに明るいチャイムが鳴り響き、新たな仲間の来訪を告げる。
その度に「ああ、お前もか」という謎の一体感が生まれて、すぐに溶ける。

これが終電で終点まで来てしまった者たちの末路。



24時間営業のファミレスにわざわざ深夜に行って、そんな人たちを観察するのが意外と好きだったりする。



20240810.NO.18.「終点」

8/9/2024, 3:23:27 PM

上手くいかなくったっていいなんて、そんなわけないだろ!!!!!


そうやってすぐに達観した気になって諦めて放り出してるんじゃねぇよ!!
たった1度の失敗で投げ出してへらへら笑ってるんじゃねぇよ!!!!!!!
これもいい経験だとか全部が全部上手くいくわけじゃないとか失敗から学ぶこともあるとか、くだらない言い訳してるんじゃねぇよ!!!!

そうやって色んなことから逃げてちゃんと向き合わないからいっこも上手くいかねぇんだよ!!!!
てめぇは失敗から何も学んでないんだよ!!!!

泣いていい、沈んでいい、喚いていい、怒っていい。
だからさあ!!

上手くいかなくったっていいなんて言ってねぇで!!
上手くいくまで何度でも立ち上がってぶつかって挑戦してみろよ!!!!!

なあ!?!?!!!!!




20270809.NO.17.「上手くいかなくったっていい」

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