氷室凛

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8/8/2024, 11:16:09 AM

「──むかしいた国がさぁ。この国より暖かくて、草や木が年中元気に育ってたんだけど」
「アン? テメェの生まれ故郷の話か?」
「そんなわけないだろ。あの国には虫も草もない、雪と氷だけだ。そんな国に嫌気がさしたおれはある日そこを飛び出したわけだけど、その後しばらくはいろんな国を転々としてた。そうやって南へ降っていって、とある豊かな国にたどり着いた。夏場は雨が多くて空気がベタベタして嫌いだったけど、それを除けばまぁ随分といい国だったよ。豊かで、平和で」
「……なぜそこを出た。ならずっとその国にいりゃよかったろ」
「あはぁ、いろいろあったのさ。確かにあそこもよかったけどね、雪と氷だらけの国で生まれたおれには、ちょっとばかし暖かすぎたかな。それにおれは元々この神秘の国を目指してた」
「そォかよ。それで? 結局ナニが言いたい。テメェはワケもなく昔話をするタチじゃねェだろ」
「あはぁ、いちいちそうケンカ腰になるなよ。ただちょっと思い出してさぁ。緑豊かなその国には、『蝶よ花よ』って表現があった。この国も花は咲くけど、蝶ってあんまり見ないよね」
「王都は人の街だからな。ちょっと離れりゃいっぱいいる」
「へぇ、そりゃ知らなかった。で、おれはきみと話していて思ったわけだよ。聞いたときにはいまいちピンときていなかったけれど、『蝶よ花よ』ってのはこういう意味かと」
「……どォいう意味なンだよ、その『蝶よ花よ』ってのは」
「女の子を可愛がって甘やかして育てる、っていう意味だったよ。ほら、イル、きみの妹の可愛がり方を見てるとぴったり」

 今週分の妹への仕送りを詰めていたイルは、手を止めてそうだろうかと首を傾げた。




出演:「ライラプス王国記」より アルコル、イル
20240808.NO.16.「蝶よ花よ」

8/7/2024, 10:48:39 AM

最初から決まってた。
そう、最初から決まっていたことなんだ。
他でもない、この僕が決めたことなんだ。

違う結末を夢見たことがなかったと言えば嘘になるけれど、
でもやっぱり現実はこうしなくちゃ。

僕たちはやり遂げた。

やり遂げたから、ここで本当に幕を引かないと。


……ひとつ言うなら、もう一度だけ海を見たかったなぁ。
最後に見たのはもうほとんど覚えていない遠いむかしのことだけど、
それでも鼻の奥に微かに潮の香りが残っているような気がするんだ。


──けど、もう十分だ。
この世界にしがみつくのはやめよう。

ねぇ、君にはいっぱい迷惑をかけたね。
振り返ってみると僕はわがままばかり言っていた気がするけど、
これで最後だから許してほしい。

──そう、本当に最後だ。

……ねぇ、そんな顔しないでよ。
最初に会ったときに言ったじゃないか。
あの時、君は二つ返事でうなずいたじゃないか。

…………。
仕方ないなぁ、これで最後だから。
もう一回だけちゃんとお願いしてあげる。



お願いだ、イルさん。
僕を殺してほしいんだ。



出演:「ライラプス王国記」より ロキ
20240807.NO.15.「最初から決まってた」

8/6/2024, 12:55:13 PM

 太陽と炎の違いはいかほどだろうか。

 あの空の遥か向こうに白くまばゆむ太陽も、近くで見たら業火吹き荒ぶ火球なのだと伝え聞く。
 ならば炎だって太陽の仲間じゃないかと思うけれど、生憎そのふたつにはまだまだ断然たる隔たりがある。炎は太陽の仲間かもしれないが、太陽は必ずしも炎の仲間ではない──

 そこまで考えて頭を振る。考えることは得意ではない。座学よりは外に出て剣を振る方が性に合っている。
 そういうところだろうかと──「炎のようだ」と称されることはあれど「太陽のようだ」と言われたことのない私は、息を吐いた。


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「太陽は遠すぎるんですよ。だからいま目の前に立つ貴女を見ると存在すら忘れてしまう」

 むかし考えたことのあるその話題を出すと、彼はそのペラペラとよく回る口をすぐに開いた。

「太陽の表面は炎なんでしょう? それと同じですよ。太陽だって近くで見たらそれを太陽だと認識することはできず、きっと一面の炎だと思うでしょう。貴女もそうだ。顔を合わせたとき、ほとんどの人には表面の炎しか見えていない。──けど、きっと。貴女と別れたあと、遠く離れてから、あるいはずっと何年も経ってから、暗闇に立たされたときに気づくんですよ。貴女はまぎれもない太陽だ。近づきすぎて火傷した人もいるかもしれない、けどそんな馬鹿共は気にしなくていい。真っ暗で道がわからなくなったとき、それを照らすのは太陽だ。深い雪に埋もれたとき、それを溶かすのは太陽だ。ベガさん、貴女は俺の太陽です」

 彼の黒い瞳はいつものように気怠げに半分閉じていて、けれどその視線はいつものように真っ直ぐだった。

「そして貴女が太陽なら俺は影だ。いつなんどきでも貴女の隣に立ち、海の果てでも空の果てでも、どこまでも着いていきましょう」

 なんて続ける彼に──「私の太陽はお前だよ」なんて言葉は、胸の内で焦がしておこう。




出演:「ライラプス王国記」より ベガ、ルイテン
20240806.NO.14「太陽」

8/5/2024, 11:29:57 AM

 ゴォーン。ゴォーン──。
 茜色に染まる空に鐘の音が六つ響く。

 最後の音がまだ終わらぬうちに、その青年は食っていたまんじゅうを飲み込み立ち上がった。

「暮六つ。──逢魔時」

 呟きは風にかき消される。彼の羽織っている衣がはためき、通りすがりの女がギョッとした顔をして走り去った。
 真っ赤な着物から覗く青年の左手は茶色く、節々しく──まるで枯木のようだったから。

「ぎゃはは! 逃げられてやんの! なあ、悲しいか?」
「うるせえぞクソガキ!」

 隣で笑う子どもの頭へ即座に拳骨が落ちる。殴られた方は堪らず頭を押さえて泣き出した。

「痛い! 最低! 暴力はんたーい!」
「カッ、こんくれェで泣くなら最初から変な口きくんじゃねェ! いいか、こっちはアンくらいのこと慣れっこだからな!」

 唾を唾しながら青年は左腕を長い手袋へ通し、何度か握ったり閉じたりした。黒い布で覆われた腕は、まるであの一瞬が嘘だったかのように自在に動く。

「……ギンジ殿。そろそろ参りましょう」
「ヨキ坊〜、勝てもしないのに喧嘩売るんじゃないわよぅ。あとギンジロウはそれを受け流せるほど大人でもないからねぇ。殴られる覚悟はちゃんとしときなさいよ」

 ひとりは前髪を切りそろえた袴姿の生真面目そうな青年。もうひとりはヒョロリと背の高く肌の白い、洋装の男。
 ふたりに声をかけられ、ギンジは「わぁってるよ」と手を振った。

「逢魔時。昼と夜の混ざる時間。──現世〈うつしよ〉と幽世〈かくりよ〉の混ざる時間。人々が床に入り、妖〈あやかし〉どもが目覚める時間だ」

 一歩を踏み出す。影が揺れる。
 真紅の着物を纏った青年を先頭に、彼らは歩き出す。

「人々に害をなす妖は俺が許さねえ。この俺──妖霊士ギンジが許さねぇ! 行くぞ、真弓、ロウジュ!」
「御意」
「はいは〜い。な〜んか今日は気合い入ってるわねぇ」

 三人が列を成しゆらりと歩を進めたところへ、

「兄ちゃん、兄ちゃん! オレもいるぜ!!」

 童子が先頭へ回り込みギンジの前でぴょんぴょん跳ねる。
 ピクリ、と青年の眉が動いた。

「だ、か、ら!!! 危ねぇからついてくんなっていつも言ってンだろ!! ヨキ!!!!」




出演:「からくり時計」より 銀次郎、ヨキ、真弓、ロウジュ
20240805.NO.13「鐘の音」

8/4/2024, 10:50:09 AM

つまらないと思っても文句を言わずに必死に取り組み
つまらないことで安易に怒って暴れたりしない

つまるところこれが社会人

…………はぁ


20240804.NO.12「つまらないことでも」

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