氷室凛

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8/3/2024, 10:47:40 AM

きみが見る世界は
綺麗で美しくて素敵なものだけでいい。

だから。
そうじゃないものは全部ぼくが排除しよう。

醜くて汚くてゴミクズのようなものたちは
全部ぼくがきれいにしておくから。

だから。
きみはぐっすりとおやすみ。



20240803.NO.11「目が覚めるまでに」

8/2/2024, 10:39:51 AM

 このベッドも、白い天井も、出されるやたら健康的な食事も、もう何度も見ていてさすがに見慣れているけれど、この環境に身体が慣れることはない。
 というか慣れたくない。
 入院なんてもうしたくない。

 早く帰りたい……。

 薄くて固い布団で十分だ。タバコの煙で黒くなった天井の方が落ち着く。手料理なんて高望みはしないから。カップ麺でいいから。

 だから、早く帰りたい……。
 帰って、母さんに会いたい……。



出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)
20240802.NO.10「病室」

8/1/2024, 11:39:31 AM

 数日前、少し歩いたところに黄色い花が咲いてるのを見つけた。故郷に咲く花はこれと同じかと尋ねているのを、ミサは聞いていたらしい。一緒に見に行きたいと言われ、じゃあ明日行こうかと話したのが昨日。

 そして、今日。

「わーお。大雨」

 窓の外を眺めて、アルコルは深い青色の目を細めた。
 何もここまでしなくても、と思うくらいの大雨だ。大粒の雫が窓を叩き、外は灰色に煙っている。

「ミサ、今日はやめとこうよ。また今度晴れたらにしよう」
「……やだ。昨日行くって言ってた」
「……うーん。それはそうだけど」

 ミサにごねられ、どうしたものかと首を捻る。
 雨は好きではない。雨音で感覚が鈍り、水を吸い肌に張り付いた衣服で動きが悪くなる。ほんのわずかな遅れが命取りになる。──魔法を使えない自分にとっては、なおさら。
 ここは諦めてもらおうと口を開きかけたとき。

「お弁当、作ったもん……。ぱぱとお出かけ、楽しみだったのに……」

 自分と同じ、深い青色の目を潤ませてそう言われ──アルコルは深く息を吐いた。

「行こっか、ミサ」
「え。──いいの?」
「いいよ。お弁当作ったんだろう? おれにも食べさせてよ」
「いいの? 本当にいいの? 晴れた日じゃなくていいの?」
「晴れたらまた行けばいい。でも約束。おれの側から離れたらだめだよ?」
「うん、約束! えへへ、ぱぱ大好き!」



出演:「ライラプス王国記」より アルコル、ミサ
20240801.No.9.「明日、もし晴れたら」

7/31/2024, 11:26:48 AM

 サトリという妖怪がいる。

 端的に言えば相手の心がわかる妖怪だ。なんでも山に住んでいて、そこへ迷い込んだ人間がいると「お前はいまこう思っているだろう」と次々と言い当て、怖くなった人間を追い返すとかなんとか。
 心を読む妖怪と言えば凄そうだけど、やっていることは実にチンケだ。その能力を活かして賭け事なんかで無双して人間の骨までしゃぶり尽くした、なんて話があってもおかしくないのに、不思議とそういう話は聞かない。

 けど、俺にはどうしてそんな話がないのかよくわかる。

 なぜかと言えば、大昔にその妖怪サトリと交わり代々その血を受け継いでいるのが俺の家、問間〈トイマ〉家で、不運にもその血を濃く継いでしまったのが、俺、問間覚〈トイマサトル〉だからだ。

 不運──そう、不運だ。
 「他人の心がわかる能力」なんて言えば聞こえはいいけれど、実際いいことなんてないに等しい。

 高校生になった今はだいぶ落ち着いたけど、小さい頃は本当に大変だった。まずオンオフができない。常に周囲の人間の心の声が聞こえ続けるんだから、うるさいったらありゃしない。
 うるさい、だけじゃない。人の思考の仕方は本当にさまざまで、言葉で考えているなら見方によってはまだいい方だ。
 色、光の濃淡、触感──。そんな抽象的な思考をする人もいて、それはいくら見たって本人以外にはわかりゃしない。
 人混みは、うるさくて、眩しくて、カラフルすぎて、固くて柔らかくて吐き気がする。実際しょっちゅう吐いてた。

 いちばん最悪なのが、常に誰かの考えが浮かぶせいでなにが自分の気持ちかわからなくなること。めちゃくちゃに影響されやすく、むちゃくちゃに流されやすい。
 周りが楽しければ楽しいし、苦しかったら苦しいし、イライラしてたらイライラする。
 そしてその気持ちが──本当に自分のものかわからない。

 だから俺はひとりでいたい。
 周りに誰もいなければ、この気持ちは間違いなく俺のものだから。
 きっと妖怪サトリも同じだったんだろう。

 ひとりでいい。ひとりがいい。
 周りに誰もいてほしくない。

 ずっとそう思っていた。
 アイツに──あの馬鹿な男に会うまでは。




出演:「サトルクエスチョン」より 問間覚(トイマサトル)
20240731.NO.8.「だから、一人でいたい。」

7/30/2024, 10:08:49 AM

君の瞳は

朝靄の煙る湖からすくいとったみたいに透明で、

まん丸なガラス球でできてるみたいにツヤツヤで、

よく熟れた葡萄を閉じ込めたみたいに濃い色で。




──ああ、美味しそう。



20240730.NO.7.「澄んだ瞳」

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