氷室凛

Open App
7/29/2024, 11:26:47 AM

「イルさん、行こうよ」

 共に旅をする少年にそう言われ、窓の高さまで積もった雪を眺めていたイルは怪訝な顔で振り返った。

「ア? 馬鹿言うなよ。向こうの空は暗い、じきにここも嵐になる。冬の嵐は手に負えねェ。吹雪くぞ。外なんて出たら死ぬ」
「でもまだ来てない。今から急げば……」
「諦めろって。冬の移動は貴族か魔法使いの特権だ」
「なら僕たちにも権利はある。君も僕も、魔法使いじゃないか」
「……悪かった、訂正する。金がたくさんあって十分な準備ができる魔法使いの特権、だ」

 ゆっくりと言い聞かせるイルに、少年──ロキは食い下がった。

「でも……」
「どうしたンだよ。普段はそンな無茶言わねェだろ」
「……時間がない。この嵐があけるのがいつになるのかわからない。いつ追手に追いつかれるかも……。多少無理をしてでも次の街に行って、この嵐に乗じて教会に乗り込んで逃げるのが得策だと思う」
「どうやって行くつもりだ。ふたりとも飛行魔法を使えるなら交代で強行する手もあるが、生憎使えるのは俺だけだ。次の街までふたり乗せて嵐に追いつかれず進むなンて、俺にはできねェ。問題は他にもある。暖はどうする? 俺もオマエも、火焔魔法は使えねェ。食糧は?」
「……」

 矢継ぎ早に言われロキは黙り込んだ。イルはふっと息を吐き、淡い緑の瞳に柔らかい光を宿す。

「焦るなよ。この嵐で動けないのは追手も同じだ。それに、さ。嵐が来ても追手が来ても、俺たちは負けない。そうだろ?」



出演:「ライラプス王国記」より ロキ、イル
20470729.No.6「嵐が来ようとも」

7/28/2024, 1:05:59 PM

「つか俺ら出る側じゃんね」
「え、先輩方出るんですか?」
「御三家は主催者側なので……。僕も太鼓叩かなきゃいけないですし、みんなで見ようってなったらなかなか難しいですよ。はぁ、マジクソイベント。因習村サイアク」
「ジンゴ先輩はなにするんです?」
「なにをしてるかと言われると……なにしてるんだろうな? なんか、じいちゃんが口上述べてるあいだ隣に立ってたり……?」
「それいずれジンゴさんがやるんですよ」
「うわあーやめろサトル!! 言うな! やだ! 大人になりたくない!!」
「……じゃあ、みんなで周るの難しそうなんですね。こっちでデカい祭りやるっていうから楽しみにしてたんですけど……」

自分たちより高い位置で肩を落とす後輩に、ジンゴとサトルは顔を見合わせた。

「えっと、僕の出番が6時半から15分くらいだから……。準備片付けでその前後もあるけど……」
「俺は夜には解放されてるはず。先にカイと合流してそれからサトルと合流すれば……」
「クライマックスの花火には間に合いますかね?」
「……! せんぱぁ〜〜い!!」
「うっわキモいその顔やめてください」
「サトルガチで嫌そうな顔すんなって。──花火楽しみだな!」



出演:「サトルクエスチョン」より 仁吾未来(ジンゴミライ)、神宮開(ジングウカイ)、問間覚(トイマサトル)
20240728.NO.5 「お祭り」

7/27/2024, 10:26:07 AM

「ンで、そこでカミとか言うやつが舞い降りてきて争いをやめるように言ったンだと。驚いた人々は平伏し武器を放り出し、以降世の中は平和になった。つーのがあの辺りに伝わる昔話なンだってさ」
「へーえ。そりゃ随分優しい神様だ」

真っ青な瞳が細められ、その向かいでイルは灰色の髪を揺らした。

「? 争いを止めたからか?」
「いやぁ、そうじゃないよ。もし全知全能の神ならさ、いちいちそんなこと言わないで全員ぶっ殺した方が早いだろ? けどそうしなかった」
「……カミはそういうことしないンじゃね」
「どうだか。俺のとこはするだろうね。死は平等に訪れる」

ここより遥か北の果て。雪と氷に閉ざされた世界。人の命がいちばん安い資源の国。
自らの故郷をそう称す彼の言葉に、イルは答えあぐねた。
その間に彼はまたにこりと微笑みこちらを見る。

「さて、きみのとこはどうだろうね。イシス、だっけ? この国の神は争いを止めたいときどうするんだい?」
「……イシスはカミじゃねぇ。始まりの魔法使いではあるが、人間だよ」
「あはぁ、おれにはさして変わらないように見えるなぁ。閉ざされた神秘の国で1000年語り継がれるイシス魔法教会。その教祖はいったい何がしたかったんだろうね」



出演:「ライラプス王国記」より イル、アルコル
20240727.NO.4「神様が舞い降りてきて、こう言った。」

7/26/2024, 1:55:36 PM

「誰かのためになるならば」


自分を犠牲にしてもいいって、きみはそう言った。

ばか、ばかじゃないの。

そんな、名前も知らない誰かのために死んじゃうなんて。

咄嗟に知らない子どもを庇ってトラックに轢かれちゃうなんて。

「誰か」のために死ねるのに、「わたし」のためには生きてくれないなんて。

きらい、きらい、だいきらい!


20240726.NO.3「誰かのためになるならば」

7/25/2024, 11:12:00 AM

ふわり、と鳥かごの中に火が灯る。
小さな、けれどあたたかなオレンジ色の光。
彼はこのごちゃごちゃとした雑多な部屋の中で、壁に吊るした鳥かごをランプ代わりに使っていた。

ふわり、ふわり。
彼の動きに合わせて少しずつ部屋が明るくなる。
元の壁紙がわからなくなるくらい貼られているポスターが、どこかの国の新聞が、鳥かごの形に浮かび上がる。

「──あ。これ」

わたしは今しがた照らされた新聞を見て息を呑んだ。
どこかの国の新聞──いや、わたしの国の新聞だ。
わたしの国の新聞の、わたしの記事。
国民的歌姫がライブ中に突如倒れ、そのまま1週間意識が戻らないという、そんな記事。

「──ああ、これ。きみなんだ。へぇ、きみ、歌が上手いんだ」

彼はその新聞を壁から剥がし、写真と目の前のわたしを見比べた。
わたしは急に不安になる。

そもそも、ここはどこだっけ?
倒れたはずなのに、どうしてこんなとこにいるんだっけ?
ていうかなんで倒れたの?
それにこの子はだれ?

「あの、わたし。戻らなくちゃ。ライブの続きをしなくちゃ」

キョロキョロと目を泳がせながら言ったわたしに、彼は笑う。笑う、って言っても、楽しくて笑うんじゃない。どちらかと言えば哀れみの、あるいは嘲りの混じる乾いた笑み。

「まあまあ、落ち着きなよ歌姫さん。今からどんなに急いで戻ったってライブは1週間前に終わっているし、目覚めたって当分は検査やらなんやらが待ってるよ」
「ねぇ、ここはどこ? わたしどうしてここにいるの? どうやったら戻れるの? それにあなたはだれ?」

矢継ぎ早な質問に彼はまた「だから落ち着きなって」と言い、壁から鳥かごを外してこちらに1歩近いた。
彼の後ろに黒々とした影が伸びる。わたしは思わず後ずさった。

「ここは言ってみればきみの夢の中。きみの魂はこの鳥かごみたいに、どこかに閉じ込められている。そしてぼくはきみを助けにきた」
「助け、に──?」
「そう! ようこそ魔法雑貨店に! この店から行けない場所はなく、このぼくに探し出せないものはない!」

言いながら彼は鳥かごを放り投げた。鳥かごの扉が開き、小さな光が転がり落ちる。

危ない、燃える──!

そう思って駆け出そうとした瞬間、その光は一層強くなり、ぐにゃりと形を変えた。
──鳥、鳥だ。手のひらよりも小さな光だったそれは不死鳥よろしく1羽の鳥に姿を変え、ぐるりと部屋を一周してから彼の肩に着地した。

呆気に取られて腰の抜けたわたしを見て、彼はまた笑った。今度はさっきとは違う──春の木漏れ日みたいな、穏やかな笑み。
そしてわたしに向かって手を差し出す。

「さあ、立って。いっしょにきみの心の鍵を探しに行こう」


20240725.NO.2「鳥かご」

Next