氷室凛

Open App

ふわり、と鳥かごの中に火が灯る。
小さな、けれどあたたかなオレンジ色の光。
彼はこのごちゃごちゃとした雑多な部屋の中で、壁に吊るした鳥かごをランプ代わりに使っていた。

ふわり、ふわり。
彼の動きに合わせて少しずつ部屋が明るくなる。
元の壁紙がわからなくなるくらい貼られているポスターが、どこかの国の新聞が、鳥かごの形に浮かび上がる。

「──あ。これ」

わたしは今しがた照らされた新聞を見て息を呑んだ。
どこかの国の新聞──いや、わたしの国の新聞だ。
わたしの国の新聞の、わたしの記事。
国民的歌姫がライブ中に突如倒れ、そのまま1週間意識が戻らないという、そんな記事。

「──ああ、これ。きみなんだ。へぇ、きみ、歌が上手いんだ」

彼はその新聞を壁から剥がし、写真と目の前のわたしを見比べた。
わたしは急に不安になる。

そもそも、ここはどこだっけ?
倒れたはずなのに、どうしてこんなとこにいるんだっけ?
ていうかなんで倒れたの?
それにこの子はだれ?

「あの、わたし。戻らなくちゃ。ライブの続きをしなくちゃ」

キョロキョロと目を泳がせながら言ったわたしに、彼は笑う。笑う、って言っても、楽しくて笑うんじゃない。どちらかと言えば哀れみの、あるいは嘲りの混じる乾いた笑み。

「まあまあ、落ち着きなよ歌姫さん。今からどんなに急いで戻ったってライブは1週間前に終わっているし、目覚めたって当分は検査やらなんやらが待ってるよ」
「ねぇ、ここはどこ? わたしどうしてここにいるの? どうやったら戻れるの? それにあなたはだれ?」

矢継ぎ早な質問に彼はまた「だから落ち着きなって」と言い、壁から鳥かごを外してこちらに1歩近いた。
彼の後ろに黒々とした影が伸びる。わたしは思わず後ずさった。

「ここは言ってみればきみの夢の中。きみの魂はこの鳥かごみたいに、どこかに閉じ込められている。そしてぼくはきみを助けにきた」
「助け、に──?」
「そう! ようこそ魔法雑貨店に! この店から行けない場所はなく、このぼくに探し出せないものはない!」

言いながら彼は鳥かごを放り投げた。鳥かごの扉が開き、小さな光が転がり落ちる。

危ない、燃える──!

そう思って駆け出そうとした瞬間、その光は一層強くなり、ぐにゃりと形を変えた。
──鳥、鳥だ。手のひらよりも小さな光だったそれは不死鳥よろしく1羽の鳥に姿を変え、ぐるりと部屋を一周してから彼の肩に着地した。

呆気に取られて腰の抜けたわたしを見て、彼はまた笑った。今度はさっきとは違う──春の木漏れ日みたいな、穏やかな笑み。
そしてわたしに向かって手を差し出す。

「さあ、立って。いっしょにきみの心の鍵を探しに行こう」


20240725.NO.2「鳥かご」

7/25/2024, 11:12:00 AM