氷室凛

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「イルさん、行こうよ」

 共に旅をする少年にそう言われ、窓の高さまで積もった雪を眺めていたイルは怪訝な顔で振り返った。

「ア? 馬鹿言うなよ。向こうの空は暗い、じきにここも嵐になる。冬の嵐は手に負えねェ。吹雪くぞ。外なんて出たら死ぬ」
「でもまだ来てない。今から急げば……」
「諦めろって。冬の移動は貴族か魔法使いの特権だ」
「なら僕たちにも権利はある。君も僕も、魔法使いじゃないか」
「……悪かった、訂正する。金がたくさんあって十分な準備ができる魔法使いの特権、だ」

 ゆっくりと言い聞かせるイルに、少年──ロキは食い下がった。

「でも……」
「どうしたンだよ。普段はそンな無茶言わねェだろ」
「……時間がない。この嵐があけるのがいつになるのかわからない。いつ追手に追いつかれるかも……。多少無理をしてでも次の街に行って、この嵐に乗じて教会に乗り込んで逃げるのが得策だと思う」
「どうやって行くつもりだ。ふたりとも飛行魔法を使えるなら交代で強行する手もあるが、生憎使えるのは俺だけだ。次の街までふたり乗せて嵐に追いつかれず進むなンて、俺にはできねェ。問題は他にもある。暖はどうする? 俺もオマエも、火焔魔法は使えねェ。食糧は?」
「……」

 矢継ぎ早に言われロキは黙り込んだ。イルはふっと息を吐き、淡い緑の瞳に柔らかい光を宿す。

「焦るなよ。この嵐で動けないのは追手も同じだ。それに、さ。嵐が来ても追手が来ても、俺たちは負けない。そうだろ?」



出演:「ライラプス王国記」より ロキ、イル
20470729.No.6「嵐が来ようとも」

7/29/2024, 11:26:47 AM