氷室凛

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 サトリという妖怪がいる。

 端的に言えば相手の心がわかる妖怪だ。なんでも山に住んでいて、そこへ迷い込んだ人間がいると「お前はいまこう思っているだろう」と次々と言い当て、怖くなった人間を追い返すとかなんとか。
 心を読む妖怪と言えば凄そうだけど、やっていることは実にチンケだ。その能力を活かして賭け事なんかで無双して人間の骨までしゃぶり尽くした、なんて話があってもおかしくないのに、不思議とそういう話は聞かない。

 けど、俺にはどうしてそんな話がないのかよくわかる。

 なぜかと言えば、大昔にその妖怪サトリと交わり代々その血を受け継いでいるのが俺の家、問間〈トイマ〉家で、不運にもその血を濃く継いでしまったのが、俺、問間覚〈トイマサトル〉だからだ。

 不運──そう、不運だ。
 「他人の心がわかる能力」なんて言えば聞こえはいいけれど、実際いいことなんてないに等しい。

 高校生になった今はだいぶ落ち着いたけど、小さい頃は本当に大変だった。まずオンオフができない。常に周囲の人間の心の声が聞こえ続けるんだから、うるさいったらありゃしない。
 うるさい、だけじゃない。人の思考の仕方は本当にさまざまで、言葉で考えているなら見方によってはまだいい方だ。
 色、光の濃淡、触感──。そんな抽象的な思考をする人もいて、それはいくら見たって本人以外にはわかりゃしない。
 人混みは、うるさくて、眩しくて、カラフルすぎて、固くて柔らかくて吐き気がする。実際しょっちゅう吐いてた。

 いちばん最悪なのが、常に誰かの考えが浮かぶせいでなにが自分の気持ちかわからなくなること。めちゃくちゃに影響されやすく、むちゃくちゃに流されやすい。
 周りが楽しければ楽しいし、苦しかったら苦しいし、イライラしてたらイライラする。
 そしてその気持ちが──本当に自分のものかわからない。

 だから俺はひとりでいたい。
 周りに誰もいなければ、この気持ちは間違いなく俺のものだから。
 きっと妖怪サトリも同じだったんだろう。

 ひとりでいい。ひとりがいい。
 周りに誰もいてほしくない。

 ずっとそう思っていた。
 アイツに──あの馬鹿な男に会うまでは。




出演:「サトルクエスチョン」より 問間覚(トイマサトル)
20240731.NO.8.「だから、一人でいたい。」

7/31/2024, 11:26:48 AM