氷室凛

Open App

「──むかしいた国がさぁ。この国より暖かくて、草や木が年中元気に育ってたんだけど」
「アン? テメェの生まれ故郷の話か?」
「そんなわけないだろ。あの国には虫も草もない、雪と氷だけだ。そんな国に嫌気がさしたおれはある日そこを飛び出したわけだけど、その後しばらくはいろんな国を転々としてた。そうやって南へ降っていって、とある豊かな国にたどり着いた。夏場は雨が多くて空気がベタベタして嫌いだったけど、それを除けばまぁ随分といい国だったよ。豊かで、平和で」
「……なぜそこを出た。ならずっとその国にいりゃよかったろ」
「あはぁ、いろいろあったのさ。確かにあそこもよかったけどね、雪と氷だらけの国で生まれたおれには、ちょっとばかし暖かすぎたかな。それにおれは元々この神秘の国を目指してた」
「そォかよ。それで? 結局ナニが言いたい。テメェはワケもなく昔話をするタチじゃねェだろ」
「あはぁ、いちいちそうケンカ腰になるなよ。ただちょっと思い出してさぁ。緑豊かなその国には、『蝶よ花よ』って表現があった。この国も花は咲くけど、蝶ってあんまり見ないよね」
「王都は人の街だからな。ちょっと離れりゃいっぱいいる」
「へぇ、そりゃ知らなかった。で、おれはきみと話していて思ったわけだよ。聞いたときにはいまいちピンときていなかったけれど、『蝶よ花よ』ってのはこういう意味かと」
「……どォいう意味なンだよ、その『蝶よ花よ』ってのは」
「女の子を可愛がって甘やかして育てる、っていう意味だったよ。ほら、イル、きみの妹の可愛がり方を見てるとぴったり」

 今週分の妹への仕送りを詰めていたイルは、手を止めてそうだろうかと首を傾げた。




出演:「ライラプス王国記」より アルコル、イル
20240808.NO.16.「蝶よ花よ」

8/8/2024, 11:16:09 AM