氷室凛

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 黄色い声、という言葉がある。
 主に女性や女の子の甲高い声援を指す言葉。

 けれどあのとき私が見た彼の歌声は、比喩でも慣用句でもなく、本当に黄色だった。

 教室の戸の隙間から流れ出るパッキリとしたレモンイエロー。そこに明るいオレンジやチェリーレッドがポンポンと浮かんでは消え、ポップでアップテンポな曲を彩っている。

 それは、この分厚い曇り空を吹き飛ばすくらいに鮮烈で。

「──ねえ。あなたの声──いや、あなたの歌ってた音楽。すっごく黄色いんだね。明るくて、綺麗で……。私、この曲好きかも。なんて曲?」
「──え。うわ!? 誰!? き、聞かれて──!? ここなら誰にも聞かれずに練習できると思ったのに……。え、ていうか、黄色ってなに!? 俺の声高いって意味?」

 思わず教室に踏み込みたずねた私に、中にいた男子生徒は慌ててスマホから鳴っていた音楽を止めた。
 あの綺麗なレモンイエローが水に溶けたみたいに消える。

 バタバタしながら矢継ぎ早に言う彼に、私はちょっと悪かったかなと思いながら微笑んだ。
 この話はあんまり他人にしていないんだけど、まあ自分から振った話だし。

「確かに高い方だと思うけど、私が言ってるのはそういう話じゃないんだな。共感覚って知ってる? 簡単に言えば文字や声に色とか触感を感じる人のことなんだけど、私はメロディーに色を感じるの。だからあなたの歌声が“見える”。それとね、ここは文芸部の部室。入り口にちゃんと書いてあるはずだけど、見てなかった? そして私は文芸部部長。さあ、私の自己紹介はしたよ。あなたは?」
「俺は──」

 6月の半ば、梅雨の真っ盛り。
 分厚い灰色の雲の下、それを貫くような鮮やかな黄色い歌声に導かれて。

 私と、彼は出会った。





20240812.NO.20「君の奏でる音楽」

8/12/2024, 12:18:29 PM