「──さて。この辺りのどこかに、きみがいるはずだけど」
「あ、あれ。きっとあれです。麦わら帽かぶってるあの子」
元の世界で歌姫と呼ばれていた私はライブ中に倒れ、自身を魔法雑貨店の店長だと名乗る男性と旅をしていた。店長さん曰く、私の心はどこかに囚われてしまっていて、その心と鍵を見つけ出さないと目が覚めないんだとか。
彼の肩に乗った火の鳥が示す方向へ進んでいた私たちは、その甲高い鳴き声で足を止めた。その先にあるのは、こちらをじっと見つめているようなひまわり畑。
そのひまわり畑の中に、麦わら帽子を被り真っ白なワンピースを纏った少女がいる。
──私だ。小学校低学年の頃の、私。
「過去の過ち、後悔──ここはそういうのが具現化した世界だ。さて、むかしのきみは、このひまわり畑でなにをしでかしたのかな?」
「しでかしたって──。違う、違うんです!!」
店長さんが片方の眉を器用に上げてこちらを見る。けれど私にはそんなことどうでもよかった。
「あの日、私たちは家族でこのひまわり畑にきた! 数日前に買ってもらったばかりの、新品で、お気に入りの麦わら帽子を被って! だけど、風で飛ばされちゃって……」
「それでそのままなくしちゃった、ってことかな?」
その言葉にブンブンと首を振る。この私は立派に成人済みなはずなのに、私まで子どもに戻ったみたいだ。
子ども──そう、私たちがいま見ているこの景色は過去の再現だ。
突如として風が吹き、同じ顔をしてひまわりが揺れる。私の麦わら帽子が吹き飛ばされる。
……別に、それだけだったらここまで引きずったりしなかったはずだ。私の不注意で大事な麦わら帽子が飛ばされてしまった、それだけなら。
飛ばされた私の麦わら帽子を、別の女の子が拾い上げる。あの時の私より、いくらか小さい女の子。
その子はそれをしげしげと眺めて、自分の頭に乗せた。
「ままー、見てー!! かわいいのひろった!!」
その子は両親のもとへ走り、その両親もニコニコとそれを受け入れた。
「──ああ、なるほど。盗られたんだ」
私はぐったりと頷いた。
「そうなんです。すぐに取り返そうとしたけど、相手の女の子は泣き出して話にならないし、その子の親は言いがかりだとか言ってくるし。それにっ……。いちばん許せなかったのが……っ」
あの時、私だって私の親に泣きついた。けど両親は……。「あの子の方が年下だから、譲らなくっちゃ」とか、「今度から飛ばされないように気をつけないとね」、とか言って。
ひとつも私の味方をしてはくれなかった。
「そりゃ、全然知らない他人と事を荒立てたくない、ってのは、いまならわかりますけど……っ! でも、でも……! あの時からずっと、私の味方なんてどこにもいないんだ、って思えて……」
「なら、きみが行ってやりな」
「え?」
「あのとき誰も手を差し伸べてくれなかったきみを、立派に成人したきみが助けてやりな! ほら!」
突然店長さんに背中を押され、私はふらふらと彼らの前に躍り出た。ふたりの女の子と、その両親──合計6つの視線が集中する。
「……どなたでしょうか?」
自分の母親と目が合う。私は口をぱくぱくさせてから、
「あ、あの! 私、見てました!」
「はい?」
「その麦わら帽子、元々その子が被ってました! それが風に飛ばされて、そっちの子が拾って……」
「なんですか、あなた!? うちの子が他人様の物を盗ったって言うんですか?」
「いや、えーっと……」
一瞬その通りだと言いかけて、泣いている女の子を見て言葉を飲み込む。
私はかがんでその子と目を合わせた。
「ね、あなた。その麦わら帽子、とっても可愛いよね。可愛いから、落ちてるのを見てつい手に取ってみたくなっちゃったんだよね」
「……うん」
「うふふ、そうだよね、このお帽子、とっても可愛いもんね。あなたにもよく似合ってる。写真撮ってあげようか?」
「いいの?」
「もちろん。でもね、それは拾ったものだからね。お写真撮ったらどうしたらいいかわかるかな?」
「……かえす」
泣き腫らした目でそう言った彼女に、私は大きく頷いた。
その後、会ったばかりの2家族のよくわからない記念撮影をして、女の子は私に向かって麦わら帽子を手渡してきた。どうやら直接渡すのは恥ずかしいらしい。年頃の女の子にはよくあることだ、私は笑顔でそれをもうひとりの女の子──過去の自分へと差し出した。
あの時の私はもじもじと俯いてから、
「……ありがとう。ねえ、お姉さんってどっかで会ったことあるかな?」
「え? いや、えーと。どうだろうね?」
「ふふ、変なの。帽子取り返してくれてありがとう。とっても嬉しかった!」
──ああ。あの頃の私は。こんな顔をして笑うんだ。
もしかしたら他の誰かにとってはとても些細なことかもしれないけれど、私にとってはひどく重要だったこと。10年以上も引きずり重しになっていた、とある悔恨。
それが、晴れる。
ふたりの少女もその両親も、一面のひまわり畑さえがかき消え、私の手元には麦わら帽子だけが残された。
「うーん、残念。ここにはきみの心もその鍵もないようだ。きみの目が覚めるのはまだ先になりそうだよ」
「そうですね……。次、行きましょう!」
店長さんに笑いかける。
被った麦わら帽子が、どんな味方よりも頼もしかった。
20240811.NO.19.「麦わら帽子」
8/11/2024, 2:05:58 PM