氷室凛

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「うわっ!?」
「どうした?」

 後ろからヨキの悲鳴が聞こえギンジたちは振り返った。
 ヨキは口をパクパクさせながらこちらを──その奥の大きな鏡を指差している。

「いま、男女が……鏡に映ってなかった……!」
「真弓が? ああこれ、照妖鏡だからな」
「しょうようきょう?」
「照妖鏡、またの名を照魔鏡。相手の本当の姿を映し出す鏡の妖《あやかし》です。映っていなかったわけではなく、私の真の姿は弓曳童子《ゆみひきどうじ》──とどのつまり、からくり人形にすぎませんから。ほら、ここに」

 真弓の伸ばした指先を見る。鏡に映る一同の足先、そこには片手に弓を握り腰から矢筒を下げた日本人形がちょこんと座っていた。

「本当の姿を映す……。じゃあ、オレは……」

 ヨキは自分の腕を抱えた。
 人の身でありながら内に妖を宿すこの身は──真の姿を映す鏡にはどう映るだろう。
 この姿がそのまま映ればそれでいい、だが、もしそうでなかったら──。

 俯くヨキを見てギンジは小さく息を吐いた。そしてコンコン、と軽く鏡を叩く。

「鏡子、いるんだろ?」
「はいは〜い、ただいま。ギンジ様、お久しぶりです〜! 今日はなにを見ちゃいます? 左腕の具合? 10年後の姿? それともあの子のお・風・呂?」
「あの子のおふぐぁっ! 真弓、本気の腹パン痛い……」
「まったく、ギンジ殿はいつからこうなってしまったのか……。側近として情けない限りです」
「くすくす。矢一は相変わらずね。失礼、いまの名は真弓だっけ」

 高い可愛らしい声と共に、鏡に映った襖が開いて髪の長い女が現れる。ヨキは思わず振り向いたが、そこには誰もいない。
 ギンジはニヤニヤと目を細めた。

「振り返ったって誰もいねぇぜ、ヨキ。こいつは照妖鏡の鏡子。鏡の中に住んでる」
「わ、わーってらい!」
「鏡子、このガキが通る時だけ見たまんまの姿を映してくんねぇか? お前なら屋敷中の鏡に干渉できるだろ」
「できるけどぉ〜。いいのかしら、ギンジ様。その子、内に妖がいる。人と妖、どちらが本体かわかったものじゃないわ」

 鏡子の言葉に、ヨキはまた下を向いた。その頭をクシャリと撫でられる。

「どっちだって、こいつはこいつだ。何が映ったってそこは変わんねぇよ。な、そうだろヨキ!」




出演:「からくり時計」より ヨキ、ギンジ、真弓、鏡子
20240818.NO.26.「鏡」

8/18/2024, 2:26:28 PM