からっぽ。からっぽ。
わたしの中は、もうずーっとからっぽ。
欲しいものなんてないよ。
何かをしたいって気持ちも、何かが好きって気持ちも、もうずっと感じていないから。
平日の疲れがたまった体をベッドに投げると、じわじわと沈みこんでく。
いつも、満たされない。
きっと私の心には、穴が開いているんだと思う。
ベッドの上、おもたい瞼を閉じれば、静かな部屋の音が聞こえる。
あ。エアコンの音がする。
もう、夏だっけ。そういえば。
パチンッと電気を消して、明日のためにカーテンを開ける。
都会では見えない星たちが、ここではキラキラと楽しそうに輝いてる。
「ふふ」
柔らかい気持ちに満たされて、笑みがこぼれた。
スマホの着信音が私をよぶ。
あ、あの人だ。
優しい気持ちで画面をタップする。
「もしもし」
何度も聞いた、ずっと大好きな、声。
「ふふ。見える?」
「なにが?」
穏やかに、そうたずねてくる。
「ほーし!」
「きれいに見えるの?」
「うん、すっごく」
「いいなぁ」
きらきら、きらきら。
輝く星を見ながら、大好きな声を聞く。
「ふぅ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
今日も生きていてくれて、ありがとうって。
そう思っていただけだよ。
「昨日みた夢ね、すっごく幸せだったの。
10年後の未来の夢。
お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃんがいて。
でもね、1つだけ足りなかったんだぁ」
「何が?」
「……キミだよ。キミだけ、いなかった」
ほんの少しだけ、声がふるえた。
おかしいな、もう未練なんてないはずなのに。
「そっか」
キミはなんてことないみたいに、遠くを見る。
星空の下に、ゆらゆらキラキラと光る海が見える。
「ねぇ、別れよ」
「……たかが夢でしょ?」
「そういうところだよ。
夢でキミがいない未来を見るほど、私のなかでのキミは、小さくなってしまったの」
「そう。きみの言うことはいつも、よくわからないや」
目の前の海が、ふたりで見る最後のけしき。
……本当はね、未来にキミもいたんだよ。
けれど、私が先に死ぬ未来を知ってしまったから。
私が死ねば、キミは悲しむでしょう。
「ねぇお母さん、見て見てー!」
私はカバンの中から成績表を取り出して、お母さんに広げて見せた。
「じゃじゃーん、後期の成績、オール5だった!」
お母さんは何も言わず、ただニコニコと微笑んでいる。
小さい頃から何も変わらない。
目尻のシワも、微笑んだ時にできるえくぼも、目の下にあるホクロも。
全然時間が経っていないんじゃないかって錯覚するくらい、何も変わらない。
けれどお母さんは、何も言葉を発さなくなってしまった。
部屋のドアをドンっと誰かに叩かれる。
「うるせぇ」
ドアの外から、お父さんの声が届く。
酔っ払っているようで、声がかすれている。
「ごめんなさい」
私が謝ると、深いため息が返ってきた。
「お母さん、ごめんね。私のせいだね」
お父さんに怒られないように、小さな声で話しかける。
お母さんはどんなときも、優しく微笑みかけてくれる。
早く、明日が来ないかな。
そうすれば学校へ行けるのに。
部屋の隅っこで三角座りをしている私の隣に、ずっとお母さんがいてくれる。
お母さんのいる周りだけ、ぽわぽわと温かい。
こんなにも周囲が変わったのに、お母さんは何も変わらない。
それが私の、たった一つの希望。
私はお母さんに手を伸ばす。
お母さんを覆う写真立てを、丁寧にタオルで拭いていく。
「ごめんね、お母さん。私のせいで……」
お母さんをギュッと胸に抱きしめた。
「ここにいてくれて、写真を残してくれて、ありがとう。明日もお墓に会いに行くね」
お母さんから体を離すと、まだ優しい笑みを浮かべてくれていた。