「一緒に逃げよう!」
彼は、僕を闇の中から救ってくれたんだ。
『ここは…?』
目が覚めると僕は、天国に居た。眩い光、鮮やかな花、空飛ぶ天使。絵に描いたような楽園だった。
『どうして、ここに?』
次第に戻って来る記憶。僕が死ぬ直前、横に居た幼馴染。僕は思い出した。何故僕が、ここに居るのかを。
生前の僕は、死に急いでいた。両親からの暴力から、逃げるために。そんな僕は、よく幼馴染の彼に愚痴っていた。そして、気持ちが溢れすぎてしまった時、彼は
「一緒に逃げるよう!」
そう言って、一緒に死んでくれたんだ。あの瞬間、僕は僕を殺そうとする世界から逃れた。彼は僕の英雄になった。
それなのに、僕の横には誰も居ない。何故?彼はどこに行ってしまったのか。理由は、少ししてから分かった。彼は今、地獄で裁判を受けているようだ。
『貴様は、友人を死へと誘った。これは、許されぬ事だ。よって、貴様は悪魔として永遠を過ごす事を命じる。』
僕が裁判所に辿り着いた頃には、彼は生前とは懸け離れた姿をしていた。僕の英雄は、悪魔へと変わってしまった。彼は、僕を見つけるなり、涙を流した。
『ごめん。俺のエゴのせいで、お前は死んじまった。』
彼は何度も謝った。僕はその姿を見て、自分の中にある憎悪を知った。
『謝るなよ。僕だよ。君を殺したのは僕なんだよ!』
僕は、彼を抱きしめた。そして、泣いた。僕らの背中に生えていた羽は、白と黒が混ざり、灰色になっていった。
結局、僕らは天国にも地獄にも居場所をなくした。そんな僕らに、神様が住処をくれた。天国と地獄の狭間。朝も夜も訪れない場所。どこまでも不完全な僕らには丁度良い場所だ。
僕らは、光と闇の狭間で、また笑い合った。
「残り半年も持つか…。」
ある日、僕は余命宣告を受けた。
「今日から宜しくね。」
記憶に残る中で一番古いものは、施設に預けられた日だった。孤児院の院長先生に出迎えられたのを覚えてる。
「ここでは皆家族よ。」
まるで絵に描いたような、優しさがそこにはあった。でも、それはすぐに地獄へと変わった。
この孤児院は、劣悪な環境下にあった。職員達は所構わずに酒を飲み、煙草を吸った。泣いたり、喧嘩をすると、黙るまで暴力を振るわれた。だから、ここの子供達は目が死んでいた。幸いな事に、僕は幼いながらに不幸耐性がついていたらしい。そのおかげで、ある程度の事には動じなかった。
「アンタの親は、アンタが嫌いだから捨てたんだよ。」
酷く酔っ払った職員が、僕にそう言った。その時、少しだけ胸が痛んだ気がした。
中学を卒業すると、孤児院から解放された。しかし、長年の暴力からか、僕は孤児院を出てすぐに心臓発作で倒れた。目が覚めると、病院に居て、余命宣告を受けた。
僕の命は、後何日持つのだろうか。病室の天井を眺めながら、そう思った。自分でも不思議だ。ずっと僕は、死にたいんだと思っていた。でも実際は、まだ生きたいと願っている自分が存在している。一人が寂しいと感じる自分が居る。
「まだ、終わらせたくないな。」
ふっと溢れた言葉は、自分のものとは思えぬ程、弱々しかった。
僕はこれから毎日祈るのだろう。終わらせないで、まだ生きさせて。と。
「いかないで。」
そう叫んでも、届かない。
『会いに来たよ。』
ある日、死んだはずの親友が羽を生やして還ってきた。
「どうやって…?」
『神様に頼み込んだんだよ。』
彼は戯けたように、両手を絡ませて祈りのポーズをしてみせた。その姿は牧師のようだった。
『君が言ったんだろ?逝かないでって。』
確かに言った。が、本当に還ってくるとは。嬉しさ半分、驚き半分だ。
俺の親友は、昔から身体が弱かった。よく入退院を繰り返していた。終わりは近づいていた。彼が余命宣告されたのだ。しかし、彼は泣き言一つ言わなかった。いつだって昔と変わらない、お人好しの笑顔で笑っていた。だから、俺は終わりが怖かった。もうあの笑顔に会えないと思うと、涙が出た。だから、最期に言ったのだ。
「逝かないで。」
『君、最期まで泣いてたから。お別れ言えなかったでしょ。だから、会いに来たんだよ。』
嬉しくて、涙が止まらない。そんな俺は見て彼は、少し困ったように笑った。
『まーた泣いてる。これじゃあ、お別れできないよ。』
狡い俺は、このまま泣き続けたいと思ってしまった。そうしたら、彼はまた会いに来てくれるだろうか。
「もう大丈夫。」
それでもやっぱり、親友に心配かけたくない俺が勝つ。
『今まで、ありがとう。次会う時は、君から来てね。』
彼は俺を抱きしめた。そして、段々と消えていく。俺はやっぱり泣いてしまった。
「いかないで。俺を、一人にしないでよ。」
泣きすぎた俺は、少し熱くなっていた。微熱があるのかもしれない。そんな俺とは対照に、最期に触れた彼は、とても冷たかった。出来ることなら、俺のこの熱を分けてしまいたかった。
「それって、本当に宝物だったの?」
乾いた笑いが出る。何故だか肯定ができなかった。
「何が欲しいの?」
子供の頃から、こう聞かれると黙ってしまった。何を選べば良いのか、全然分からないんだ。だから、笑って言うんだ。
「何もいらないよ。」
何も要らない。その代わりに、与える事を望んでいた。
「掃除やっといてくれない?」
「もちろん。」
「これ買ってきてよ。」
「良いよ。」
クラスの雑用は私の役目。そう思っていた。それが一番の幸せだと思ってきた。
最近、クラスメイトの女子からの扱いが酷くなってきた気がする。勝手に机を荒らされたり、かなりの量の使いをさせられたり。でも、すぐ良くなるよ。きっと。
「何これ、きったな。」
放課後、彼女達が私の机を囲んでいた。その中央には、私の鞄ー小さなクマのぬいぐるみが置かれていた。それは私の唯一の宝物だ。
「塵じゃん。」
そう言って彼女達は、可笑しそうにクマを千切っていった。私は何故か止める事が出来なかった。
彼女達が帰った後、ようやく動けるようになった。ぬいぐるみは原型を留めていなかった。
「大丈夫?」
不意に後ろから気配を感じた。そこにはクラスメイトの男子。無口な子だから、印象は薄い。
「大丈夫だよ。慣れてるから。」
「それ、宝物なんじゃないの?」
何で知ってるんだ?でも、もう良いや。宝物じゃなくなったし。そんな私の様子を察したのか、彼は真剣な眼差しで言った。
「それってさ、本当に宝物だったの?無くなっても何とも思わないなんて、以外と薄情なんだね。」
彼の言葉で気付いた。私は、与えたいんじゃないんだ。大切にしたかったんだ。
「そうだね。私は嘘付きの薄情者だ。」
彼は、私の言葉を聞いて、少し頬を緩ませた。
私はこれから何を大切にしていくんだろう。何の為に時間を浪費していけば良いのだろう。まだ、分からない。でも、まだわからなくたって良い。
「ねぇ、宝物を探すの手伝ってくれない?」
【〇〇高校 卒業アルバム】
そう大きく印された、分厚い本。私はページを捲った。
「懐かしいな〜。」
初めに目に付くのは、生真面目に制服を着る生徒の姿。こういう写真って、何で不細工に写るのだろうか。数ページ捲ると、私の元クラスのページになった。そこには、忘れられない想い出の顔が並んでいる。
「昔は、こんな顔してたっけ?」
自分の写真を、指でなぞる。今よりも幼く、芋っぽい顔。
「あれ?この子、こんな名前だっけ?」
名前も朧気なクラスメイト達。懐かしいな。名前を忘れても、顔は忘れない。忘れる事は出来ない。
高校三年間、一人で過ごした。そんな私に友人が出来た。彼女となら親友になれる、そう信じていた。しかし、現実は甘くなかった。夏休みが明ける頃には、私たちの関係は友人から主人と奴隷になっていた。あんなに優しかった彼女は、私の事を虐め始めた。時間が過ぎるにつれ、虐めに加担する人数は増していった。見て見ぬふりをする先生にクラスメイト。彼らは憐れむのではなく、私を見下した。そして安堵した。憎たらしかった。消えてほしかった。
だから、殺したんだ。
卒業式が終わった次の日から、私は一人ずつ殺していった。原型を留めていない私の顔は、彼らにとってさぞ畏怖のものだっだろうか。幸運な事に警察には捕まらなかった。何故かって?私の家がヤクザだからだ。警官だって人間だ。危ない橋は渡りたくないだろう。こういう時には、あの役立たずの親も使える。
私は自室に置いてある鏡を見つめた。そこには卒業アルバムに載っている時よりも、綺麗な顔が映る。整形をして、なるべく元通りにした。それでも、薄く傷は残っている。私はその傷をそっと撫で、小さく微笑んだ。
私はベランダに出て、ライターを取り出した。そして、アルバムに火をつけた。
「じゃあね。」
たくさんの想い出もたくさんの呪と共に消えていった。