「いかないで!」
そう叫んでいたんだ。只、君を想っていたんだ。
「もう嫌だ。」
彼女が呟いた。手元には画面のついたスマホ。そこには、彼女宛の悪意が映っていた。
「なんで私が、こんな事言われないといけないの?」
彼女は泣いていた。そんな彼女を見ているだけの僕。大丈夫を聞く事も言う事もできなかった。只、彼女が病んでいくのを見ていた。そして、そのまま二日が経った。
彼女は、飛び降りて死んだ。夜明けの頃だった。
彼女は自殺する前に、SNSにある投稿をしていた。
【私は小説家だ。生きた文字を書くのが仕事だ。それなのに私の文字は君達に殺されてしまった。私は死んだ文字に縋るくらいなら、死を選ぶ。】
この投稿は瞬く間に、世間に広まった。なんせ彼女は有名だったから。本も面白ければ、トークもうまい。そんな彼女は皆から愛されていた。それなのに、彼女をよくと思わない人達は彼女を否定した。そのせいで彼女はこの世を諦めた。
彼女が死んでから数ヶ月が経った。世間では彼女の死は過去のものとなった。それでも僕は、まだ彼女を想う。これは愛ではなく、執着だ。彼女を助けなかったくせに、都合の良い話だ。
彼女が死んでから一年が経った。この頃、僕は眠れない。だからいつも、夜明けを待つ。彼女の居た痕跡を探して。
「今日は、屋上に行こうかな。」
このマンションの屋上は、彼女のお気に入りはスポットだ。そして彼女が死んだ場所でもある。
「懐かしいな。」
『本当にね。』
誰も返す事がないはずの言葉に、返しが来た。そして振り向くと、彼女が立っていた。彼女は、笑った。僕が出会った頃と変わらぬ笑みで。
『久しぶりだね。元気してたかい?』
僕は震える体で、必死に涙を堪えた。
『私はね。君が居なくて、寂しかったよ。』
これだけが後悔だ、と笑いながら言う彼女。僕は堪えきれず、涙が溢れた。
「ごめん。助けられなくて、ごめん。」
『良いよ。許してあげる。』
彼女は泣いている僕を見て、微笑むように笑った。そこには悲しみが見えた気がした。
『もうすぐ夜明けだ。』
彼女がそう切り出した時、世界は少し明るくなった。
『もういかなくては。またね。』
「待って!いかないで!」
彼女の目には涙が膜を貼っていた。そして僕が手を伸ばした刹那、彼女は塵のように風に飛ばされていった。その光景は、この世の何よりも美しかった。
僕は彼女の居ない世界に取り残された。暗闇の無音が住み着く世界に、僕は生き続けれるのかな?
「君は知らないもんね。」
そう言った彼女の表情は、酷く悲しそうに見えた。
「君と居ると、自分が馬鹿みたいに思える。」
俺は今、二ヶ月付き合った彼女に振られた。俺は、心の中で深い溜め息をついた。またこれだ。皆そう言って、俺から離れる。自分が馬鹿に見えるって、何なんだよ。
「また振られてたんだね。これで何回目?」
幼馴染の彼女は、可笑しそうに言った。
「うるせぇ。」
「おー。怖い怖い。」
こいつ、自分が彼氏と順調だからって。こいつが振られたら、大笑いしてやる。
「私、これからデートだから。またね〜。」
彼女は、笑顔で手を振ってきた。そして早足で、去っていった。俺は、嫌気が差した。明日は、惚気話を聞かされるんだろうなー。
あれから一週間。彼女は、学校に来ていない。
流石に心配になってきた俺は、彼女の家に訪れる事にした。幼馴染なだけあって家は隣同士。顔パスで家の中に入れた。そして、流れるように彼女の部屋に案内された。
「何で来たの?帰ってよ。」
彼女は不機嫌そうに言った。
「帰らねぇよ。理由聞くまでは。」
俺が言葉を返すと、彼女はより不機嫌になった。
「君には関係ないじゃん。」
「関係ないよ。でも、幼馴染じゃん。友達じゃん。」
彼女は暫く黙った。そして徐ろに口を開いた。
「彼氏に振られたんだよ。他に好きな子ができたって。」
はっ?それだけ?思わず言ってしまいそうになった。
「それだけって思ったでしょ。」
幼馴染、恐るべし。
「私は、君を振った子の理由が分かるよ。」
彼女は笑った。その笑みは、同情心を含んでいた。
「自分は本気の恋をしてるのに、君は本気にしてはくれない。そんなの、哀れで馬鹿みたいに思うもの。」
彼女の言葉に偽りはなかった。確かに俺は、恋をした事がない。付き合ってた子達にも、友達の延長としか思っていなかった。
「でも、しょうがないよね。君は知らないもんね。」
「何を?」
「恋をする事が、どれだけ必要か。どれだけ人を変えるのか。知らないもんね。」
彼女は悲しそうに、俺に言った。俺は何も言えなかった。
あれから一ヶ月して、彼女は学校に来るようになった。俺はこの一ヶ月、彼女の言葉を忘れた事はない。そして何も思いつかなかった。恋を知らないと言われても、恋なんて与えられるわけでもないんだ。どうやって知るんだよ。
「恋って何なんだろう。」
「ポエマーかよ。恋なんて見つけるものだよ。」
彼女は淡々と言った。こっちの気も知らないで。彼女は俺の気持ちを察したのか、悪戯っぽく笑った。
「まぁ、君には無理かもね。」
その時、咄嗟に言葉が出た。俺らしくない言葉が。
「じゃあ、君に恋をしていいですか?」
「本気なら、良いよ。」
「嫌な事を言われたら、これを耳に当てて。」
彼女は貝殻を二つ、僕にくれた。そこからは波音が響く。
「何で生きてるの?」
母は僕を睨みつけ、言う。僕は貝殻を耳に当てた。嫌な事、聞きたくない事を言われた時、僕は貝殻を耳に当てた。そうすると、僕の耳に届くのは波音だけになる。これを教えてくれたのは、幼馴染の女の子だった。
彼女は病弱で、いつも家の中に居た。そして向かいにある僕の家を、じっと見ていた。時々、僕は彼女を見舞いに行った。その度に彼女は、笑って出迎えてくれた。
「これを君にあげる。」
そう言って、彼女は僕の手に貝殻を二つ乗せた。
「耳に当ててごらん。聞こえてくるでしょ?波音が。」
僕が彼女に言われた通り、貝殻を耳に当てると、波音が耳に響いた。僕が驚いている様子を、彼女は微笑みながら見ていた。
「こうすれば、嫌な事は聞こえないよ。」
彼女は僕の家庭の事情を知っている。だからいつも、僕の家を心配そうに見ていたのだ。
「私はね。もうすぐ死ぬ。地平線の向こうに行くんだ。」
彼女は明るく言った。本当は泣きたいはずなのに、彼女は涙を一つも見せなかった。
「私は、君が心配だよ。」
彼女はいつもそんな事を言っていた。
彼女が死んでから、何年も経っているのに、僕はまだ彼女との思い出に縋っている。僕は今も、あの頃と変わらぬままだ。それは僕の周りも同じだ。暴力と暴言の家は、今も健全だ。変わってしまったのは、彼女だけだったんだ。
夜の海。そこには、終わりのない地平線だけがあった。僕は、ゆっくりとそれへと進んだ。
「地平線の向こうに行ったら、会えるかな?」
そんな事を思いながら、僕は濡れる服を気にも止めずに進む。次第に、僕の体は海に満たされる。耳には、波音が聞こえた。まるで僕は、貝殻の中に入ってしまったみたいだった。
「ごめんね。」
彼はそう言って、泣いていた。私こそごめんね。
「私は永遠に恋をしていたの。」
父が事故死した後に、変わり果てた母。毎日のように男の家へ出掛けていた。私はそんな母が嫌いで、高校卒業後はすぐに家を出た。母は私の事は気にもせずに、甘ったるい香水を身に纏い、男の元へと出掛けた。
あれから七年経った。未だに母とは会っていない。きっと今も恋多き人生を送っているのだろう。私も今は彼氏も出来て、充実した日々を過ごしている。
「まぁそんな事をないんだけど。」
好きな人は居る。しかし、私の片思いだ。それに叶わない恋なのだ。私が好きな彼には、好きな人がいるから。
「なんで俺が好きなの?」
彼は不思議そうに聞いてくる。私は決まってこう言う。
「貴方が大切だから。」
って。その度に彼は、泣きながら言う。
「ごめんね。俺にも大切な人がいるんだ。」
知ってるよ。貴方がどれ程その子の事が好きなのか。知っているのに、君を好きなのはやめられないんだ。ずるい私でごめんね。いつも貴方を泣かせてごめんね。
彼の香水の香りが好きだった。あれだけ嫌っていた母と似た香り。でも、なんだか落ち着いた。きっと私は、母に愛されたかったんだ。でもそれは叶わないから。他の誰かに愛される事を望んだ。愛されるなら誰でも良かった。でも、彼が優しくしてくれたから。彼に愛されたいって思ったんだ。
「こんな恋、したくなかったよ。」
不意に出た言葉は消えることはなく、涙を連れてきた。本当に惨めだよ。死者に負けるなんて。
「生きている間だけは、私を見てほしいよ。」
彼からは、甘い香りがした。それと同時に、線香の香りが纏わりついていた。
「神様は可哀想。」
そう思ってしまう私は、罰当たりかな?
【なりたい自分】
人生で一度は書いた事があるであろう、このお題。私は少し悩み、役者と書いた。私の席に群がった友達は、皆笑いながら言った。
「役者なんて、無理でしょ。」
私は、笑顔を貼り付け言う。
「そんな事ないでしょ。」
冗談のように否定する。そうすれば皆すぐに忘れてしまう。本当に、考え足らずの相手は疲れる。
私には、これと言って夢はない。しかし、なりたくないものはある。それは、傍観者だ。只傍らで他人の人生を眺めるなんて、まっぴらごめんだ。そんなの最悪な趣味だ。でも、同情する。他人の人生の行く末は決めれず、口出しする事もままならない。そんなやるせない気持ちが募るのだろう。本当に可哀想な存在だ。
「神様は可哀想。だって何もできないんだから。」
私は、そんな可哀想な存在になる気はない。そんなものに成り下がるくらいなら、私は人生の役者でいたい。笑っていたい。それが例え、苦しいものでも、悲しいものでも。
それに、人間誰しも役者だ。神様に劇を見せるための存在だ。時には感情を揺さぶり、嘘を付く。そんな役者だ。
やるせない気持ちが溢れた時、きっと人は心を失うのだろう。