海月 時

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8/23/2024, 3:40:05 PM

「幸せになんてならないでね。」
冗談のように言う彼女。でも俺は、何も言えなかった。

〈私の骨は、海に散骨して欲しい。〉
彼女の遺書。投薬で浮腫んだ手で書いたせいだろう。文字は小刻みに震えていた。こうして遺書を読んでいると、本当に彼女は死んだんだと実感する。今でも覚えているよ。君と出会った日を。

雨の日。彼女は俺の家にやって来た。彼女の両親は事故に遭い、亡くなった。その後は、親戚を盥回しにされたらしい。彼女が持病があるため、皆面倒事を避けたかったのだろう。そしてついに、親戚でもない俺の元に来たのだ。
「よろしくね。俺は君のお父さんの会社の後輩なんだ。」
「私って、邪魔者?」
いきなりの質問に驚いた。でもそうだよな。不安だったよな。まだ子供なのに。彼女は何処か大人びていた。
「邪魔だったら、君を家に呼ばないよ。」
彼女の瞳が揺れた。俺の目には弱々しい子どもに映った。
「俺に、君を幸せにする手伝いをさせてほしい。」
「私、幸せになっていいの?」
「勿論。」
彼女は泣いていた。今まで溜め込んでいた分が、一気に溢れたのだろう。大丈夫だよ、君は一人じゃないから。

「今までありがとう。」
持病の悪化により、彼女はもう時期死ぬ。それは彼女自身が一番理解しているのだろう。
「心残りがあるの。私は貴方の大切な時間を奪った。」
そんな事ないのに。君との生活は充実していたよ。
「だからね。貴方を幸せにしてあげたかった。でも、それはもう無理。」
そんな悲しい事言わないでよ。
「私が死んでも、幸せになんてならないでね。私が来世で、幸せにして上げるから。」
君は来世でも、俺の傍にいてくれるのか。
「だからさ。もう泣かないでよ。」
俺は泣いていた。声が出ない程に、泣いていたんだ。彼女は笑っていた。君はもう、泣いていないんだね。

〈貴方は、海が好きだったよね。だから、私も海が好き。好きな人が好きなものが好きだなんて、子供っぽいかな?どう思われても私は、あなたへの想いは変わらないよ。〉

あの後、遺言通りに彼女の骨を海に撒いた。夜の海に、骨が消えていく様子は、泣きたい程に美しかった。
「俺も、好きだよ。」
いつか、海へ消えた彼女を取り戻してみせるよ。それまでは、幸せにならないでね。

8/22/2024, 5:08:46 PM

「本当はね。」
この先の言葉が言えなかった。君に出会うまでは。

「明日の放課後、駅前のカフェ行こうよ。」
友達が、私の机の前まで来て言う。私は笑顔で答える。
「いいよ。めっちゃ楽しみ。」
本当は行きたくない。面倒くさいし、時間の無駄だし。それでも私は、自分の本心を裏返す。だってここで反対したら、あとがもっと面倒になるって知ってるから。私は、言葉を飲み込むのだ。

私は放課後、明日の憂鬱を忘れるために屋上に向かった。一人になりたかったから。しかし、屋上には先客が居た。その先客は、私のクラスの異端児の男子。ズバズバと正直に言う彼が、少し苦手だった。引き返そうとすると、彼がこちらを見て言った。
「君って、気持ち悪いよね。」
突然の罵倒に、思わず手が出そうになった。しかし、私はその気持ちを抑え込んだ。
「ごめんね。気分悪くしちゃってた?」
笑顔で言う私を見て、彼は嫌そうな顔をした。
「何で、嘘つくの?」
やっぱり気づいてたのか。私は嘘を吐くのも面倒なので、正直に答えた。
「面倒くさいからだよ。でも君には分からないよね。」
「うん。全然分からない。嘘つくのが面倒くない?」
「分からなくて良いよ。私は君を分かりたくないから。」
彼は少し笑った。
「君はさ、そっちの方が良いよ。」
「あっそ。君が良くても私は良くないの。」
「君は、何をそんなに怯えてるの?」
訂正しよう。私は彼が嫌いだ。全てを見透かす彼の態度が嫌いだ。彼に見られたら、私の本心を知られそうで怖い。
「僕が思うに君は、一人になるのが怖いんじゃない?」
ほら。答えられた。知られた。本当に彼が嫌いだ。
「そうだよ。私の本心を知られて嫌われたくないんだ。」
「僕が居るよ。僕だけは君を嫌わない。」
あぁ、辞めてよ。泣いてしまうだろう。彼の言葉は嘘でないと知っているから。彼だけは味方で居てくれると分かっているから。彼が嫌いなんて嘘だ。本当は彼の正直さが羨ましかっただけだ。心の中では、彼に憧れていたんだ。

あの日から、私は彼と放課後を過ごすようになった。その時間は、どの時間よりも楽しかった。きっと私は、彼が好きだ。それでも、私の言葉は嘘だらけで汚れてしまっているから。まだ心の中に置いておく。いつか言葉を裏返さずに、好きの二文字を言えるだろうか。

8/18/2024, 4:31:21 PM

『大丈夫だよ。』
暗闇しかない私の世界に、彼女は現れた。

「お前は何で生きているんだ?」
父はそう言って、私を嬲った。生きている意味なんて知らない。私は今日も、生きる意味を考える。
「アンタなんて、産まなきゃ良かった。」
母はそう言って、私を蹴った。本当に、何で私を産んだんだよ。私は今日も、酸素を無駄遣いする。
「学校に来んなよ。」
クラスメイトはそう言って、私を虐めた。私だって、来たくないよ。私は今日も、笑う事を諦める。

『大丈夫だよ。』
ある日、鏡の中から声がした。覗き込んでみると、そこには同い年ぐらいの女の子が居た。曇っていて顔は見えない。それでも何故か、優しく微笑んでいる気がした。
「大丈夫じゃないよ。辛いよ。」
『私が傍に居るよ。』
私は泣いていた。何年ぶりに流した涙は、殴られた痕に滲みた。

『お疲れ様。今日も頑張ったね。』
「うん。」
『今日も聞かせてあげる。【鏡の国のアリス】を。』
「ありがとう。私、それ好き。」
『知ってるよ。』
「ワンダーランドに行ってみたいよ。」
『本当に言ってるの?』
「うん。だってこんな世界、大っ嫌いだもん。」
『そっか。じゃあ、いってらっしゃい。』

鏡の中から手が飛び出した。そしてそれらは私を、鏡の中に引きずり込んだ。
『やっと出られたよ。』
私が居た場所には、彼女が居た。その顔は、私そっくりだった。
『大丈夫だよ。糞みたいな親も、屑なクラスメイトも私に任せて。上手くやるから。』
「私はどうなるの?」
『永遠にその中に居るんだよ。私の代わりにね。』
彼女は、ニタリと張り裂けんばかりに笑った。
『呪いのワンダーランドを楽しんでね。』

彼女が出たがった意味が分かった。ここは異常だ。頭がおかしくなる。でも大丈夫。もうすぐだ。もうすぐで、次の生贄が来る。私はそれを鏡の中で待っていれば良い。

8/16/2024, 2:22:57 AM

「綺麗。」
思わず口に出た。夜の海は、彼女みたいだった。

「これからよろしくお願いします。」
二学期が始まる頃に、彼女は転校してきた。彼女は美しかった。まるで絵画から飛び出てきたようだった。きっとこの日、僕の心は彼女に奪われた。

「ちょっと、貴方!なんてものを書いてるの!?」
美術の授業中、先生の怒号が響いた。その矛先は、彼女にだった。しかし当本人は、不思議そうに笑っていた。
「何って、桜の木ですよ?」
「そうじゃなくて!桜の木の下に死体がある事よ!」
確かに、彼女の絵には美しい桜の木と、死体が一つ描かれていた。しかし、不気味さはなかった。
「だって先生。桜の木の下に死体はあるものですよ。」
彼女は終始、笑っていた。その顔は、不気味だと思った。
この一件から、彼女は魔女と呼ばれるようになった。

しかしそんな魔女は、事故に遭い呆気なく死んだ。

彼女の命日から、早五年。僕の心は未だに彼女のものだ。我ながら女々しい。いや、違うな。きっとこれは後悔によるものだ。恋心じゃない。だって僕は、まだ彼女の化けの皮を剥がせていない。

『桜の木の下に死体はあるもの。』
綺麗なものには、それ相応の秘密があるのだ。それならば誰よりも美しい彼女にもあるはずだ。僕はそれが知りたかった。しかし、知ることはなかった。彼女は死んだから。それが悔しいのだ。

「海にも、秘密があるのかな。」
ふっと思った。目の前には、夜の海があった。きっとこの広大な海には、未知数に秘密がある。それは美しく、時に不気味な秘密だろう。彼女のように。
「綺麗。」
小さく呟く。しかしこんな言葉は、夜の海の黒さに消えていった。

8/13/2024, 3:23:42 PM

「ずっと傍に居るよ。」
彼女と僕の約束。うん、ずっと一緒だよ。

「私、もう長くないんだ。」
唐突に告げられた言葉。持病がある事は知っていた。それが重い事も知っていた。それでも、まだ一緒に居たかった。
「だからさ。君とは、バイバイだよ。」
あぁ、その言葉を言わないでくれ。どうか君の口からは告げないでくれ。僕は彼女の病室から急いで去った。ドアを閉めた時に見えた、彼女の顔は泣いているように見えた。

僕と彼女は、中学で出会った。最初は只のクラスメイト。でも、日にちが経つたびに僕達は引かれあった。そして、付き合った。あの初々しい日からは、もう五年が経った。それでも、彼女への想いは色褪せない。それどころか、ますます好きになる。毎日が楽しかった。毎日が記念日だった。君だけが、僕の精神安定剤だった。でもそんな日も、もう終わる。あの約束、もう忘れているんだね。

「どうして来たの?私達はもう付き合ってないの。」
「そんなの嫌だ。僕はまだ君が好き。君は嫌い?」
「好きだよ。好きだから、別れたんだ。」
「そんなの分かんないよ。」
「君を泣かせたくなかった。」
「そんなのずるいよ。」
「知ってるよ。でも最後ぐらい良いでしょ?」
「僕は君が好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。」
「どうしたの!?君、おかしいよ。」
「君は僕を置いて逝くんだね。だったら嫌い。」

意識が朦朧とする。何があったけ?あぁそうだ。僕は彼女を殺したんだ。こっそり忍ばせたナイフで。目の前には、赤く染まった彼女が寝ていた。綺麗だな〜。僕は彼女の傷口に口を近づけ、肉片を一口飲み込んだ。
「これで、ずっと一緒だね。」

彼女は僕の中に居る。そう思うと、心の健康は保たれた。やっぱり君だけが、僕の精神安定剤なんだね。そういえば、彼女は死ぬ前に何て言ったんだっけ。
「ごめんね。」
そうそう、こんな事を言ってたんだった。でもね、一生許してなんて上げないよ。

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