海月 時

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7/9/2024, 2:04:55 PM

「可哀想に。」
お願いだから、そんな言葉、言わないでよ。

「死ねよ。」
何度も実の姉に言われた言葉。その度に私はどう思っていたのだろうか。もう忘れたよ。自己中心的な姉二人、その二人優先な両親。それが私の家族。時々、思う。私は異物なのだと。家でも学校でも、どこに行ったって馴染めない。それでも、我慢する。自分が笑える場所を求めて、作り笑みを浮かべながら。だけど、もう限界かも。

「こんな所で、何してるの?」
私がフェンスを登り終えた時、後ろで声がした。振り返ると、そこには無表情の男子学生が居た。
「見れば分かるでしょ。自殺だよ。」
私がそっけなく答えると、彼は退屈そうに言った。
「自ら命を絶つだなんて、可哀想に。」
何言ってるんだこいつ。私が可哀想?ふざけんな。
「自分が選んだ道を突き通す事の何が悪い?あんたには異常かもしれないけど、私に正常なの。」
大声を上げてしまった。彼は少し驚いた顔をしていた。
「僕にとっても異常じゃないよ。君からの視点だけで語らないで。僕の事、何も知らないくせに。」
「あんたに何があったって言うのよ。」
「僕だって死にたいと思うよ。虐めが始まった時から。」
「何で何もしなかったの?」
「この日々が、当たり前になってしまったからかな。」
胸が締め付けられた。ここにも居た。私と同じ人間が。
「でもさ、やっぱ悔しいよ。」
彼は話した。私達の人生を壊す方法を。
「きっと僕と君は似た者同士だ。だから、一緒に当たり前を壊しに行きませんか?」

あの日、あの時、彼が言った言葉に私の心は動いた。彼となら、不可能なんてない気がした。私たちは誓った。私達の当たり前が壊れる様を、二人で見よう。そして心の底から笑ってやろう。

7/8/2024, 3:12:26 PM

「大丈夫。」
そう言って微笑む彼女。ごめんね。

「暑い〜。」
そう言って顔を顰める彼女。季節は7月。
「そんなに言うなら、長袖辞めればいいじゃん。」
「嫌だよ。長袖は私のトレードマークだよ。」
そう言ってクルクル回ってみせた。スカートから見える、無数の包帯。俺は何も言えなかった。

「こんな夜に呼び出してごめんね〜。」
「良いよ。暇だったし。…何かあったの?」
彼女は何も言わない。
「警察に言った方がいんじゃない?」
俺がそう言うと、彼女は少し震えた。彼女の親は、彼女に対して暴力を振るっている。彼女は体についた、無数の痣と傷を隠すために、常に長袖と包帯を巻いている。そのせいで、クラスで孤立していた。
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないだろ。お前が言わないなら、俺が。」
「警察に言っても、何も解決してくれなかったよ。」
俺は初めて、彼女の泣き顔を見た。
「もう良いよ。助けなんて求めない。自分で何とかする。最後に君と会えて良かったよ。」
彼女はそう言って、俺の目の前に現れることはなかった。

数日後、彼女の死体が発見された。彼女の家族と共に。

あーあ。もう全部面倒くさい。全部が煩わしい。彼女を助けなかった、警察も、先生も、クラスメイトも、僕も。あの時、俺が彼女を救えたら現状は違っていたのか?
「彼女の選んだ道は正しい。そう思うのが俺の使命か。」
俺は丘の上で、彼女を殺した街の明かりが消えるのをただ眺めていた。

7/7/2024, 3:53:27 PM

「ごめん。別れよ。」
ふった本人が泣くなよ。あーあ。何で涙が止んねーだろ。

「何で今日が、七夕なんだよ。」
世間が浮かれている中、俺の気分は沈んでいた。一部では恋の日と言われている七夕。そんな日に俺は、二年付き合っていた彼女に振られた。何でも、好きな人が出来たとか。俺は用済みだとか。
「本当に馬鹿だな~。」
一瞬でも彼女を疑った俺も、俺にあんな事言った彼女も、大馬鹿者だ。それでも良いさ。彼女が楽になれるなら。

「一年ぶりだな。元気してた?」
返事はない。何故なら、彼女はもうこの世に居ないから。突然発症した癌。そのせいで彼女は帰らぬ人に。俺が振られたあの日には、もう余生が決まっていたようだ。別に知っていた訳でも、分かっていた訳でもない。ただ彼女の涙は、真実だと思っただけだ。
「お前、昔から織姫と彦星の話好きだよな。」
彼女にとって俺は、生きる理由になれたかな。だからあの時、泣いてくれたのか。もう、答えは分からない。
「また来年、来るよ。」

七夕なんて嫌いだ。織姫も彦星も嫌いだ。
「幸せになんて、なんなよ。」
俺は夜空に輝く星に向かって、言い放った。

7/6/2024, 4:44:18 PM

『ようこそ。故人図書館へ。』
「こんばんわ。本が読みたいんだけど。」
『おや、珍しい。どちらの書物でしょうか?』
「先月亡くなった、僕の友だちのなんだけど。」
『こちら、お探しのものです。』
「ありがとう。」
〈〇〇年〇月〇日 今日、友だちと喧嘩した。俺が羨ましいって、怒鳴られた。俺だって、お前が羨ましいって、怒鳴り返してしまった。明日謝ろう。
 〇〇年〇月〇日 俺達は仲直りした。そして、彼と一緒に駅まで行った。駅のホームに着いた。バイバイと彼に手を振った時、彼に押された。タイミング良く、電車が来た。俺を押した彼は泣いているように見えた。許さない。〉
「見なきゃ良かった。何で、恨まれてないかもって期待したんだろう。」
『それは誤りだと思います。最後までお読みに?』
「見なくない。これ以上、惨めな思いはごめんだよ。」
『〈俺の友だちに、そんな顔をさせた奴を、俺は一生許さない。それが俺だとしたら、俺は彼に殺されて当たり前だ。〉』
「…僕の両親さ、小5の時に離婚したんだ。それから僕は教育熱心な母親に育てられた。あの時から、常にテストでは95点以上が当たり前。それ未満だったら、ずっと説教。中学に入ってからは、学年一位を取れって、ずっと言われてきた。それなのに、僕はいつも2位だった。あいつは、いつも一位。」
『貴方様のご友人は、幼少期から親の期待を背負わされておられました。あの方にとって、一位は当たり前だったのです。』
「母親も段々と、僕を見捨ててきてさ。それが一番辛かった。あいつさえ居なければ。そんな最低な思考が浮かんだ。気付いた時には、僕はあいつを殺していたんだ。」
『最低ではありませんよ。あの方は、貴方様に殺される事を望んだ。貴方様はそれを叶えた。それだけです。貴方様が望んだ結果ですのに、何故貴方様はお泣きに?』
「何でだろうね。もう、分からないよ。」
『左様でございますか。今から後を追いに?』
「うん。ちょっと謝ってくるよ。」
『貴方様の物語の終幕は、どんなものか楽しみに待っております。』

『お友だちの思い出、それはパンドラの箱。鬼が出るか蛇が出るか。其れ共、涙が流れるのか。貴方様に、思い出を見る勇気はございますか?』

『本日も貴方様の、物語をお待ちしております。』

7/5/2024, 2:45:55 PM

「私は、お星様になりたい。」
笑顔で話す彼女。俺はいつもの冗談、そう思っていた。

「プラネタリウム、綺麗だったね。」
何度目だよ、と心の中で呟いた。彼女は俺の考えを察知したのか、何回見たっていいの、と笑顔で答えた。
「本当に星が好きなんだね。」
毎週末、俺は彼女に連れられて、プラネタリウムを見ていた。そして毎回、寝落ちしてしまう。
「君は本当に、お星様への関心がないね。」
彼女は呆れたように言った。
「資産家令嬢の考えは、分からないよ。」
「その呼び方、やめて。」
冗談で言ったのに、彼女は真剣な顔で言い返してきた。そのせいで、俺達の間には、気まずい空気が流れた。
「今日はもう、帰るね。」
彼女はそう言い、早足で去っていった。

「おい!ここで何してるんだよ!」
俺は上がる息を宥めながら、彼女に言った。
「見つかっちゃった。」
彼女は、笑顔で言った。教室の窓の外を眺めていると、彼女が屋上のフェンスを越えていたのだ。俺は慌てて、ここまで来たのだ。
「危ないから、戻って来い。」
「嫌だよ。私は、お星様になりたい。」
こんな時まで、冗談を。しかし、彼女の目は揺るがない。
「何でそんなに、星になりたいんだよ。」
「私が令嬢だの何だので、周りから孤立していた時。親からの過剰な期待を受けて辛い時。いつだって、お星様は見守ってくれた。だから、私も誰かの人生の傍観者になりたい。人生の演者は、もう嫌なんだ。」
彼女の切実な願いに、胸が苦しくなる。それと同時に、怒りがこみ上げてくる。俺は星なんて大嫌いだ。
「星なんて見るなよ。俺だけを見てくれ。俺はお前の助けになれないのか?」
「じゃあさ。君が演者の劇を、私に見せてくれる?」
彼女は、真剣な眼差しで言う。
「最高な劇を、お前に見せてやる!」
俺が言うと、彼女は泣きそうな笑顔で飛び降りた。

空を見上げる。星が輝き、風が歌う。彼女の居ない日々は想像以上に辛かった。それでも俺は演者で、彼女は観客。楽しませるのが俺の役目だ。星空の向こうで彼女を見つけて、俺はもう一度、彼女に恋をする日を、星に願った。

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