「ずっと親友で居てくれる?」
彼女が聞く。昔は一緒に居るのが当たり前だったのに。
『久しぶりだね。』
彼女が言う。私は驚いた。目の前にいる彼女は確かに、一年前に亡くなったはず。それなのに生きている。
「生きてるの?」
『生きてはないよ。幽霊みたいなものかな。』
彼女は笑顔で答えた。誰もを引き寄せる笑顔は生前と変わらなかった。
『君に会いに来たんだよ。寂しかった?』
私は答えれなかった。しかし、一つの質問をした。
「幽霊になってまで、叶えたい事でもあるの?」
願いがなければ可怪しい。わざわざ、この世に来る理由なんて、余程の事だ。
『君に会いに来たんだってば。私を殺した君に。』
一年前まで、私達は親友だった。何をするのも一緒で、よく近所の人に姉妹だと言われた。〝ずっと親友〟これが、私と彼女の約束だった。しかし、私には悩みがあった。それは彼女の事だった。彼女と一緒に居れば居る程、周囲から私と彼女を比べられる事も多くなった。それが、私には苦痛でしかなかった。だから、事故に見せかけて殺した。
「ごめん。謝るから許して。お願い。」
我ながら自己保身しか考えていない、最低な言葉だ。それでも、謝るしかなかった。
『別に私を殺した事については、怒ってないよ。』
彼女は言った。じゃあ何しに来たんだ?
『私は、君が私との約束を破った事に怒ってるんだよ。』
そうか。私は気付かずに彼女との約束を破っていたんだ。その事にも気付かずに、軽い謝罪をしていたんだ。
「私は何をしたら、許してもらえる?」
涙が止まらなかった。今までの罪悪感が一気に溢れる。彼女が口を開く。その顔は、悍ましい程に美しかった。
『赦して欲しいなら、死んで?』
私はきっと、これからも後悔し続ける。一年前、あんな馬鹿な事しなければ良かった。
『これからもずっと親友だよ?』
私は一年前の罪からも彼女からも逃げられない。
【ラブ&ピース】
この言葉が嫌いだ。世界はバッドエンドで溢れている。
「いつも何の本を読んでいるの?」
友人が聞いてくる。ここで普通は本の内容を簡易的に話すのだろう。しかし、俺は答えられない。
「適当だよ。でも、ハッピーエンドものが多いかな。」
これは嘘。いつも読んでいる本はバッドエンドもの。しかし、ここで正直に答えたら、後々面倒な事になる。厨二病だとか、陰キャだとか、色々言われる事になる。それだけは避けたい。だから、俺はいつも嘘を付く。
本は好きだ。本には真実も嘘も、正も誤も決められている。現実よりもよっぽど分かりやすい。俺もこんな世界に行きたい、そう思わせてくれる。それに比べて現実はどうだ。叶わない理想を並べるだけ。都合の悪い事には目を向けず、いつだって自分たちが正しいと思い込んでいる。実に狂った世界。しかし、こんな世界に俺は感謝している。本という生きる糧を見つけさせてくれたのだから。
ハッピーエンドよりもバッドエンド。正義よりも悪。何故これほどまでに、惹かれてしまうのだろうか。いつしか俺は、自分もこういう道を歩きたいと思っていた。きっとこの気持ちは、誰にも認められない。しかしそれこそが悪というものだろう。
「死。それこそが、人生のバッドエンドだ。」
俺は自殺をした。しかし、俺が求めていたものではなかった。死ねば、バッドエンドだ。そう思っていたのに、実際にやってみても何も思わない。そうか、分かった。きっと俺はどこかで死を望んでいたのだ。だから、願いが叶って喜びしか感じていないのだ。違う、これではハッピーエンドだ。俺の好きな本は、物語はバッドエンドだ。俺の終わりもバッドエンドで終わりたかった。
『正解なんてないんだよ。』
彼が言う。俺はその言葉に心を奪われた。
『生きたいのか死にたいのか、あいまい過ぎだよ。』
彼がため息を付く。彼は死神らしい。そして俺は、彼に余命宣告をされた人間だ。元々この世に未練はなかった。それでも、死ぬのは怖いものだ。
「すみません。潔く死ねなくて。」
『君は謝らないで良いよ。僕もごめんね。勝手に余命決めて、死ねなんて言っちゃって。』
俺たちの間に沈黙が流れる。気まずい空気の中、俺が口を開ける。
「死神さんにとって、生きるって何ですか?俺、いまいち人生に意味持てなくて。」
『そうだなー。人生って人間の数だけあるんだから、意味なんてないんじゃないか。きっと正解なんてないんだ。』
彼の言葉で一気に腑に落ちた。俺は今まで、何を悩んでいたんだろう。生きる事も死ぬ事も意味なんてない。ただの人生の一部でしかないんだ。
「ありがとうございます。俺は自分が正しいと思った人生を生きます。あいまいなままは辞めます。」
俺がそう言うと、彼は微笑んだ。
『大丈夫?怖くない?』
「はい。もう大丈夫です。これは俺が選んだ、正しい道ですから。」
この道は正しい。あいまいではなくはっきりと言える。俺は屋上から空を見る。昼なのか夜なのか分からない、あいまいな空。そんな空の中に、俺達は消えていった。
「土砂降りだね。」
彼女が呟く。雨のせいだろうか。彼女はどこか儚かった。
「桜より、あじさいの様に生きたいよ。」
突然、彼女が言った。いつもは明るく元気な彼女。しかし今日は、どこか悲しみが表情に含まれている。
「どうして?」
僕は彼女に気を使わせぬよう、笑顔で聞いた。
「桜はだんだんと散っていくでしょ?それは嫌なの。私はあじさいの様に、落ちる時は老いてからがいいの。」
彼女の想いに、胸が苦しくなる。
「まぁ、私には過ぎた夢かもだけど。」
そんな事ない、なんて軽々しく言えない。彼女の現状は誰よりも理解している。その分、苦しみも増えていく。それでも、笑顔は崩さない。彼女が気軽に話せる存在。それが僕なのだから。僕が暗い顔なんてできない。
「今度、あじさいを見に行こうか。」
僕の提案に、彼女は笑顔を見せた。少しでも彼女が喜ぶように気を回す。それが僕の役目だった。
「今までありがとう。元気でね。」
「やめてよ。お別れの言葉なんて聞きたくない。」
「ごめんね。」
彼女が死んだ。元々体が弱かったが、最近は悪化していた。そして、死んだ。僕は知った。この世界の不平等さを。もう嫌だよ。
〈私の夢は君に託した。〉
僕宛の彼女からの遺書。これだけしか書かれていない遺書。しかし、それだけで伝わる。彼女の想いが、優しさが。もう少し、生きようかな。
あじさいの様に生きる事を望んだ彼女。そんな彼女に魅了された僕。結ばれない恋だとしても、いいよ。彼女の願いを叶えられるなら。
やりたい事。
特にないな~。
欲もなく、夢もなく、才能もない。俺はそんな人間。
でもいつか、
『お前と一緒に年を取りたい。』
なんて、言ってみたいものだ。