海月 時

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5/28/2024, 2:47:35 PM

「いいな〜。」
私は、制服の夏服姿の学生を見て呟いた。今年の夏も、嫌気が差すほど暑かった。

「何で一年中長袖なの?皆、半袖なのに。」
関わりのないクラスメイトが、私に聞いてくる。慣れた質問だ。私は、戸惑う素振りを見せず、笑顔で答えた。
「長袖って、何か良くない?」
こう答えれば、相手は興味をなくす。そして私は、変わり者のレッテルを貼られる。本音を言えば、長袖が好きな訳では無い。暑いのは大の苦手だ。それでも、着ないといけない。私の腕には、自ら付けた傷が無数にあるのだから。

家に帰り、部屋着に着替えようとクローゼットを開ける。そこには、半袖のワンピースが掛けられていた。お小遣いを貯めて買ったものだ。でも、今の自分はこれを身に着ける事はないだろう。私はそっと、クローゼットを閉めた。着替えが終わると、一階から母の呼ぶ声がした。私は、重い足取りで、階段を降りた。
「やっと降りてきた。ご飯出来たよ。」
母が笑顔で言う。私は小さく頷き、席についた。
「そういえば、学校はどう?勉強できてる?」
私は母の言葉を聞き、またかと嫌気が差した。
「今の内に頑張らないと、大人になって後悔するよ。私が貴方と同じ頃は、もっと勉強熱心だったのに。」
何度も聞かされた言葉。母は私の頑張りを認めた事はなかった。いつでも、子供思いの母親を演じていた。
「分かってる。」
私は、小さく答えた。これが精一杯の反抗だった。

部屋に戻り、勉強を始めても集中できない。私は机の引き出しから、カッターを出した。そして、自分の腕に傷を付けた。習慣と化したこの行為。今までは、こうすれば気持ちが収まった。でも、最近は気持ちが溢れそうだった。

私は今、屋上に立っている。死にたい。この感情が頭を支配する。もう終わってもいいよね?私、頑張っれたよね?聞いても、答えは返ってこない。私は、フェンスを乗り越えた。ワンピースの裾が風に乗って揺れる。短い袖からは、今まで隠してきた傷があらわになる。
「世界って、こんなに綺麗だったんだね。」
私は傷を撫で、前へ歩いた。風が全身に伝わった。

5/27/2024, 2:33:25 PM

「地獄に堕ちろ。」
遠い昔。俺が殺し屋を営んでいた頃、誰かに言われた言葉だった。そんな事を思い出しながら、俺は今日も笑う。

「あの世でも、暴れてやるよ。」
これが、俺の最後の言葉だった。俺は、趣味で殺し屋を営んでいた。別に、人殺しの理由なんてない。ただのストレス発散だ。そんな狂った日々を過ごしていたが、ついに捕まってしまった。判決は、死刑。当たり前だ。特に驚きはしなかった。むしろ、あの世への生活を夢見ていた。俺は、笑顔で地獄へ堕ちて逝った。

『ここが、地獄か?』
辺りは真っ暗で、何もなかった。ただただ、冷たかった。
『お前はここで、侵した罪を償え。』
突然、低い声で告げられた。周りを見渡しても、誰も居ない。
『俺は何もしていない。償うことなんてない。』
声の主は、深くため息を付いた。
『ならば、二度とお天道様を拝めないだろう。』
それだけを言って、声の主は消えた。何が、罪を償えだ。上から物を言いやがって。いつか、下からの景色拝ませてやる。
『それにしても、地獄ってあるんだな。地獄があるなら、天国もあるのか?まぁ、どうでもいいか。』
独り事を言いながら、俺はこれからの事を考えた。このまま地獄で暮らすのは、退屈だ。ならば、これはどうだろうか。俺は、一つの考えを思いついた。
『天国をここに作ればいいんだ。』

俺はあれから、天国と地獄のボスを殺した。勿論、物理で殺したのではなく精神を殺した。生前に身に着けた技の一つだったので、すんなりと精神を侵食できた。今では、俺に逆らう事はない。
『天国と地獄。二つが交わった場所。これこそが、俺の王国にふさわしい。』
俺は今日も、笑い続けた。

5/26/2024, 2:41:39 PM

『今宵は月が綺麗ですね。』
「ここって、故人図書館で合ってる?」
『左様でございます。よくご存知で。』
「友達に聞いたんだ。色々相談に乗ってくれたって。」
『あの時のお方の友人でしたか。それで、ご要件は?』
「僕の相談も乗ってよ。」
『ここは死者の記憶を記す場所であって、相談室ではありませんよ?』
「知ってるよ。でも、周りの人間は誰も話を聞いてくれないんだ。仕方ないでしょ?」
『今回だけですよ。それで、相談とは?』
「僕、もうすぐ病気で死ぬんだ。」 
『左様ですか。それが何か問題でも?』
「死ぬのが怖いんだ。」
『死とは、誰しもに平等に与えられたものです。抗えませんよ?』
「そんな事は分かってる。僕は、世界から忘れられたくないんだ。」
『忘れられませんよ。そのための故人図書館です。それでも怖いのなら、月に願えば良いのです。』
「何で月?普通、星でしょ?』
『星は数え切れないほどございます。すぐに、どの星に願ったか忘れてしまいます。だから、一つしかない月に願うのです。貴方様の道標になるように。』
「なるほど。そうだね。」
『もう、怖くはありませんか?』
「うん。ありがとうね。貴方のお陰で、現実と向き合えそうだ。」
『それは良かった。』
「じゃあね。」
『貴方様の物語、楽しみにお待ちしております。』

『皆様は月に何を願いますか?またのお越しをお待ちしております。』

5/25/2024, 3:17:46 PM

「お空が泣いてるね。」
彼女が言った。俺は空を見上げた。

「私ね。もうすぐ死んじゃうんだ。」
突然、彼女から告げられた言葉。彼女は、昔から病弱だった。重い病気だとは知っていた。それでも、死ぬ事はないだろうと思っていた。それなのに、別れは自分が思うより早かった。俺の表情が固まった。彼女が、心配そうにこちらを見る。俺は、慌てて笑顔を作った。
「じゃあ、死ぬまでにたくさん思いで作ろうね。」
彼女は、大きく頷いた。

彼女は、病室で横たわっている。外は、連日の大雨だ。俺は、彼女の手を握り思い出話をたくさん話した。彼女は、ずっと笑顔で聞いていた。しかし、彼女が口を開いた。
「今までありがとう。早くこっちに来たら駄目だよ。」
そして、彼女は息を引き取った。

ここは彼女の葬式会場だ。今日も雨は振り続ける。俺は、傘を持たずに外に出た。彼女に泣き顔を見せないために。こんなに苦しいなら、いっその事死んでしまいたい。しかし、彼女の最後の言葉を思い出す。あぁ。今日も、俺は君の居ない世界で生きていく。この雨が、涙と共に君への思いを流してくれる事を、祈りながら。

5/24/2024, 3:08:59 PM

【未来の自分へ】
昔書いた手紙。過去の自分が、今の私を見たらどう思うだろうか。

「これどうする?」
母が、段ボールを持って来て言う。私は、置いてと軽く流した。段ボールを開けると、小学校の時に使っていたものが入っていた。その中に、一通の手紙を見つけた。私は、気になり開けてみた。そこには、下手な字で未来の自分へのメッセージが書かれていた。

【未来の私は、何をしていますか?私は、未来がとても楽しみです。】

短い文章を読んで、私は深いため息を吐いた。今の私か。今の私は、ただ酸素を消費する操り人形だ。社会では、思いの強さなんて関係ない。出来るか出来ないか、ただそれだけだ。暗い気持ちが、私を襲う。しかし、ある案を思いついた。

【過去の自分へ 
 世界は優しくないぞ。今仲いい人とは、上手くやれよ。
 逃げたきゃ、逃げろよ。自分だけは、守れよ。先に謝っておく。お前の人生、短いぞ。】

私は、手紙を持って飛んだ。

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