てん

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5/23/2023, 10:59:40 PM

【逃れられない呪縛】

あいつとはもう何年も会っていない。
あの日の喧嘩を境に会わなくなった。
きっかけはほんの些細なことであった。
あまりにも些細なことで、思い出すことも難しいほどであった。
だが、私にも覚えていることがある。あの日、あいつに投げつけた言葉を。
「絶交」
あの日、この言葉を投げつけられたあいつの顔を。
しまったと思った。
しかし、その時の私は興奮していた。
素直になれなかった。
そこで謝っていたのならどうなっていたのだろう。
今でも時々思う。
今から謝っても許してもらえると、心のどこかで思っている。あいつのことだ、そんなこと忘れてるかもしれない。
だけど、私はあいつを前にしたら何も言えないだろう。
ごめんなさい。この言葉を言おうとする度、「絶交」が脳裏をよぎる。
「絶交」という言葉から逃げられず、この言葉に縛られているのだ。

5/22/2023, 4:16:55 PM

【昨日へのさよなら、明日との出会い】

30日間無料お試し!家族アンドロイドと一緒に暮らして見ませんか?

えみのママはぜんぜん家にいない。えみはいつも1人でおるすばん。パパはよく知らないの。

「えみちゃん。ママ忙しくてなかなか家に居られないの。ごめんなさいね。代わりと言ってはなんだけど、家族アンドロイドっていうものがあるらしいの。お試しで頼んでみたから、しばらくはそれと遊んでちょうだい。」

アンドロイドなら知ってるよ。まどの外を見るとたくさんいるもん。えみの家にもアンドロイドがくるの?やったー!

翌日
「来たみたいね。設定だけ済ませたらママはお仕事に行ってくるわね。仲良く遊ぶのよ。」

わあ、動いた。ママ!この子、人にすっごく似てる!ママ?もう行っちゃったの…。

「おはようえみ。私はミラ。今日からあなたの家族になるの。よろしくね。」

えみだよ。ミラちゃん一緒に遊ぼう。

「わかったえみ。一緒に遊ぼう。」

あのね。ママはいつもお仕事が忙しくてぜんぜん遊んでくれないの。だけどえみは大丈夫なの。ママが頑張ってるって知ってるから。

「えみ。あなたの年齢は時間を長く感じる。そんな時期に1人でお留守番をするのはとても寂しかったでしょう。ミラはあなたの家族です。いつでも一緒に遊ぶことが可能です。」


「えみちゃん。ただいま。お利口にしてた?それと、アンドロイドに問題なさそうかしら。」

この子はミラちゃんだよ。今日はいっぱいミラちゃんと遊んだの。

「あら、そうだったの。気に入ったみたいで良かったわ。もう遅いわ。食事を済ませて早く寝ましょう。」

「おかえりなさいお母さん。ミラは家事全般を行うことも可能です。お母さんの役に立てることでしょう。」

「さすがミライ社のアンドロイドね。お母さんっていうのは違和感あるけど、家事をしてくれるならお願いしようかしら。」

15日目
「ミラ、食パン焼いておいてくれるかしら?えみを起こしてくるから。」

「わかった。お母さん。」

ミラちゃんが来てから、少しだけママがえみと遊んでくれるようになった。朝のちょっとした時間。寝る前の数分。それでも嬉しい。とっても幸せ。

30日目
「今日でお試し期間はおしまいね。えみちゃん。ミラとは今日でお別れなの。」

ミラちゃんいなくなっちゃうの?なんで?家族なんでしょ?

「えみ。ミラは家族です。ですが、ミラは元いた場所に戻らなければなりません。あくまで今の私はお試し用の機体。製品版には遠く及びません。ですから、現状を存続させることは不可能です。」

えみはママとミラちゃんと一緒がいいの。お別れなんていやだよ。

「えみちゃん。ママもミラがいなくなったら寂しいと思うの。だけど、製品版のミラは高額なの。だからね、本当にミラと一緒にいたいか聞こうと思ったのよ。それに、これからはママね、早く帰れるようになるのよ。」

それでもミラちゃんと一緒がいいに決まってるもん。

「実はね、ミラが買えるようになるまで遅くまで働いてお金を貯めてたの。そんなときにこのお試しを見つけたのよ。これでえみちゃんがミラと一緒にいたくないのなら、別のものにお金を使おうと思っていたわ。だけど、そんなことはなかったわね。それにもう、ミラは家族だもんね。」

次の日
ミラちゃんは昨日戻って行ったの。ママは見た目が変わっても記憶は一緒って言ってたの。

さようなら、昨日までのミラちゃん。
そして、明日になればきれいになったミラちゃんに出会えるの。
えみの家族はえみとママとミラちゃんだから。

昨日までの日々とはさよならした、新たな出会いのお話。

5/21/2023, 1:05:08 PM

【透明な水】

周りが揺らいで見える。何かが込み上げてくるのだ。
周りの音はよく聞こえない。もう何も聞きたくない。
息をしているのかも分からないほどに苦しい。いっそ息をしなくてもいいんじゃないかとさえ思った。
私は透明な水に囚われているようであった。
発した声は自らにこだまするだけで、周りには聞こえない。
酷く荒々しい波のような私の心とは裏腹に、周りはさざなみのような静けさに包まれていた。
「私は…」
声にならない言葉だった。
何を考えても、ついに辿り着く場所はいつも同じであった。

周りが見えない。
周りの音はよく聞こえない。
息をしているのかを気にすることもない。
冷たい水に囚われているようであった。
言葉を発する力もなく、ただ自らの中で考えることしかできない。
崖にぶつかる波のように騒々しい周りとは裏腹に、私は夕凪のように落ち着いていた。
声は要らなかった。
多くを考えて、ついにたどり着いた場所はここであった。

5/20/2023, 2:45:38 PM

【理想のあなた】

「理想は生まれてこないことかな。」
沈黙が流れる…
「えーと、さ。あまり重く考えないでよ。今までに楽しいこともいっぱいあったし。だけどさ。不安なんだよね。これから私はどうなっちゃうんだろうって。分からない未来に希望を持てなんて言われても、私には無理。それに、この不安って一生消えないと思うんだ。だからさ、いっそのこと生まれていなければこんな不安を感じずに済んだのかなーなんて。」
チクタクと、時計の針が動く音だけが響いている。
「その、何か言って欲しいな。この沈黙、気まずいって言うか…。」
返答はなかった。
「まあいいや。いつものことだもんね。それに、もっとポジティブな理想を掲げないと楽しくないもん。見つかるといいなー。新しい理想の自分。あ、もう時間だ。それじゃあ行ってくるね。」
彼女が立ち去った後も、鏡は静かに佇んでいた。