ここ数日の記憶が無い
あるのは鈍く痛む頭と
鉛のように重たい身体だけ
思い返そうとしてみても
するりと軽く躱されて
本当にそこには何もないみたいだ
霧が隠しているよう、
なんていうけれど
ここにはその霧さえない
けれど、
確かに冷蔵庫の中身は減っていて
洗濯物が増えていて
カレンダーの日付は進んでいる
写真を見た
きっと置いてきたのだ
私の心、私の記憶
私の一部を
やむにやまれぬことだったのかもしれないし
愛ゆえに誰かにあげたのかもしれない
もしかしたら、ただのうっかりかもしれない
ただ、私にはその記憶さえないから
ぽっかり空いた空白の私を想って
影とと共に踊りながら
少しの寂しさと晴れやかさと、
切り取られた痛みを棺に入れて
ささやかな弔いをすることにしたのだ
再会は望めないことを知ったから
再会を望まない心を見つけたから
「心だけ、逃避行」
この手紙が
あなたに届いてほしいとも、
ずっと届かずにいてほしいとも
思いながら投函する
この言葉が
あなたの心に伝わってほしいとも、
けして伝わらずにいてほしいとも
思いながら告げる
それは恋の臆病から来るものでもあり
それは愛の許容から来るものでもある
それは現実の否定をすることでもあり
それは恐れからの逃避をすることでもある
そして、
それは離別を否認するものでもあるかもしれない
この手紙が返ってきたとき、
そこにはきっと、喪失のみが残されている
「届いて……」
あの日、私が目にしたすべては
既に記憶の地平線を越え
遥か彼方にある
思い出そうとすれば浮かぶのは
一枚の写真のようなイメージ
それは真実
私の瞳に映った景色ではなくて、
過去の囁きが輪郭を描き
今なお残る感情が色をつけたもの
私は、過去の私を
額縁を通して見ている
あの景色は、
私の記憶と感情が作り出した
私の未練のスケッチなのだ
「あの日の景色」
なにかを願えるだけの
希望と余裕があること
それが続いてゆくこと
「願い事」
彼女たちは星よりも大きくて、
宇宙を海のように泳ぎ歌う
無限にも思えるその生を
ほほ笑みを浮かべ独り生きる
そして時折、
遠く離れた同胞に、
歌う鯨のように話しかけるのだ
白い彫刻のような姿の彼女
瞳をとじて、夢見る少女のように漂う
そして一等彼女たちが愛するもの、
それはラジオ
気に入ったラジオを放送する星の周りを
ぐるぐる回って、そして
同胞に中経するくらいには好き
色んな歌と、色んな夢をみられるから
色んな命と、色んな世界を知れるから
ソラにはそんなくじらたちがいるのだ
「空恋」