言葉にならないものは
文字にもならぬのです。
けれどそれじゃあ味気がないから
それらそれらの輪郭の
小さいかけらと砂粒を
ぺっとここに置いておきます。
例えば
寝入る前の夢が染み出す心地
例えば
痛みと不快感のあいだの頭痛
例えば
抱きしめられた時の熱の波動
例えば
どうにもならない不安の痒さ
例えば
本当に美味しいものの美味さ
例えることは出来るかもしれませんね。
けれど本当に伝えたいことは
これじゃあ伝わらないのです。
「言葉にならないもの」
私に勇気があれば、
とっくのとうに
あの世にいるはずなので
これはまだなんとか私が生きている
弱虫の証なのです
「涙の跡」
私と同じ顔で、私と同じ性別で、
私と同じような年頃のひとが、
見知らぬ家で、見知らぬ人と微笑みあって、
見知らぬ赤子を抱いているのを見た
空に舞うほこりが
光を受けてきらきら輝く
まるで
スノードームの中の世界のような
そこが
過去にも未来にも、そして
平行世界のようにも見えた
西日の光で目が覚めた
狭いワンルームの小さなソファで
夢の中の彼女をおもう
私の胎に宿ることのない命をもつあのひと
私の隣には居ない人と暮らすあのひと
幸せそうだった
でも、うらやましいとはちっとも思わなかった
「真昼の夢」
その時間がふたりだけのものだったら、
どんなによかっただろう
その秘密がふたりだけのものだったら、
きっとこうはならなかっただろう
その命がふたりだけのものだったら、
この手は汚れずに済んだはずだった
この世界にふたりきりで
きっとわたしたち、死んでゆきたかった
人波に流されるまま
時の大河にさらわれて
ふたり固く握ったはずの手のひらは
今ひとり、空を切るばかり
運命だと信じたかった
ふたりの愛のお葬式
「二人だけの。」
幼い頃、大好きだった夏
病床で、窓越しに見た夏
十四歳、淡い恋をした夏
ふたり、氷菓を食べた夏
夏が嫌いだ
照りつける太陽も、
うるさいほどの蝉の声も、
生命の伊吹を感じさせる木々も、
むわりと体をつつむ湿気も、
青い青い空に浮かぶ入道雲も、
空に閃く稲光も、
雨が去ったあとの夕暮れも、
全部全部大嫌いだ
だってそれは昔、私の世界だったのだから!
置いてきた心たちと
変わってしまった全てがくるしい
あのころきらめいて見えた夏の日差しは
今私を痛めつける鋭い光になった
溢れんばかりの命の気配も、その輝きも
私にはもう外側から見つめることしか出来ない
頭も、瞳も、心も鋭く痛む、
だけど諦めきれない、
私の、わたしの、わたしたちの、夏
「夏」