神様へ
神様、あなたがまだおいでなのか、
それとももう人の世に飽いて
とっくに世界を去られているのか、
わたくしにはわかりません。
この世に元から神なぞ存在せぬと、
そう言う人間もおります。
それでも、
この完璧に破綻のない、
知れば知るほど人智を超えていると
感じさせるこの世界の理が、
ただの偶然で生まれたとは
わたくしには到底思えないのです。
わたくしは、神様、あなたが
人を救うような、人間に都合の良い
夢のようなお方だとは思いません。
しかし、あなたがただ、おられると、
あるいは、かつて本当におられたのだと
信じられるだけで幸福だと感じます。
優しく、厳しいこの星で、
きっと、弱い人間が生きる為には
無条件に祈り、縋ることが許される
強く尊い存在が必要でした。
今、だんだんと人々が
あなたのゆりかごから
巣立ちの時を迎えようとしていることを
ひしひしと感じます。
これまでの時を、
祈ることを許してくださったこと。
縋ることを許してくださったこと。
そしてなにより、
その存在を信じさせてくださったことに
わたくしは感謝いたします。
そして、もし傲慢にもひとつ、
願うことを許してくださるのならば、
どうかあと少しだけ、
わたくしたち人間が
ひとりで歩けるようになるまで、
わたくしたちを御見守りください。
■■より
「神様へ」
風が強い。
色とりどりの洗濯物が
旗のようにはためいて
雲ひとつない快晴の空によく映えた。
帽子が飛ばないように押さえながら
家々の建ち並ぶ細い路地を歩く。
劣化した舗装の隙間から
小さな花が顔を覗かせていて
そこだけ少し明るく見えた。
誰を訪ねに来たわけでもなく
私は知らぬ街、知らぬ住宅街を歩いている。
馬鹿みたいに空が青一色だから、
白昼夢でも見ているような気分だ。
天気がいい割に人はまばらで、
すわゴーストタウンかと疑うほどだった。
コツコツと私が歩く足音と、
びょうびょう、パタパタと
強い風とはためく布の音がいやに耳に残る。
それでふと、なんだってこんなに
私は怖がっているのだろうと思った。
だって昼間なんだから人が少ないのは当然で、
ヒールのある靴で舗装された道を歩いたら
そりゃあ音もするだろう。
帽子も被っていることだし、
風の音が大きく聞こえるのも不思議じゃない。
だのに、私はそれらを何故か、
気味が悪いというか、
うっすら不安に思っているようだった。
気がついたからには
理由が気になるというのが人間というものだ。
だもんだから、ぼぉっと上を見ながら
私はしばらく考えて、理解した。
私はあの、絵の具をぶちまけたような
現実味を感じさせないほどの“快晴”が
なんというか、落ち着かなくて
怖くて、気持ちが悪かったのだ。
それがわかった時、本当に驚いた。
だって、今日ここは、気持ちがいいほどの快晴と
言われるような天気をしているのだ。
それに恐れを抱くことがあるのかと、
そう思ったのだ。
けれど、美しすぎるものは、
ある種の威圧感というか、
まあ畏れを抱かせるものらしい。
現実感が無くなるほどの青は、
私にとっては畏れを抱くに足る、
強烈に侵蝕される美だったのだろう。
そう納得したころ、
路地が途切れて大通りに出た。
広くなって更によく見えるようになった空の端に
白い雲が一切れ漂っているのが見えた。
多分、そこでようやく、
私は夢から醒めたのだ。
「快晴」
長期休みは、
フラフラとバイクに乗って
日本を遡上したり、下っていったり、
真横にぶった切ってみたりと
何となく方角を決めて走る。
旅、という感じがして、
若い頃からこの遊びが
私の一番のお気に入りだったからだ。
そういうわけで、独身貴族万歳と
しがらみもない私は毎年時期になると、
行き当たりばったりにあちこちへ
「旅」をする。
どの旅も印象に残るような出来事はあって、
まさに一期一会の楽しみがあるのだ。
それでもやはり、特別な旅というのはあるもので。
その特別な旅の中で
私が最も心に残った旅の話をしようと思う。
あれは、まだ私が若い時分の旅の話だ。
初めての旅から数年が経った頃、
だったように記憶している。
当時はだんだん旅にも慣れてきて、
相変わらず面白くはあっても
初めての旅程の刺激もないので、
どうしたものかと思っていたような、いないような。
まあとにかく、そんな感じだったのだ。
その時走っていた道の周りはほとんどが田畑で、
空がとても広かった。
それで、鼻歌を歌いながら走っていた時に、
後ろが暗くなってきたことに気がついたのだ。
不思議に思って、ミラーを見ると、
遠くの空で巨大な雨雲が
みるみるうちに大きくなって
こちらに近づいて来ているのが見えた。
こりゃあ、雨に降られるぞ、と思った。
気温はまあ、問題なくても、
視界が悪くなるので、少し面倒に思ったのだったか。
それで、私は多分若さも手伝って、
あの雨雲と競争をしようと思い立ったのだ。
割と私は善戦したと思う。
普通だったらもっと速く降られていた。
けれど、私は追いつかれて、追い抜かされてしまった。
残念だ、と雨に濡れながらバイクを停め、
空を見上げた。
そして、晴れと雨の境界線をはっきりと、
私は見たのだ。
それは、とても不思議で、でも考えてみれば
それなりに当然
起こるんじゃないかと思う出来事だった。
だけれども、私の心を掴んだのは、
私は今、雨と晴れの狭間にいる、
そして行き来できる、という
なんというか、子どもじみたよろこびだった。
要するに何か、ロマンを感じる、
心が浮き立つ瞬間だったのである。
言ってしまえば晴れのち雨、それだけだ。
でも私は、その時に
ただ地べたを走り、旅をしているのではなくて、
空もともに走っている旅の道のひとつだと
そう感じたのだ。
遠くの街へ
遠くの海へ
遠くの道へ
遠くの空へ
全部に繋がるような旅がきっとできる、
そんな気がして
どうしようもなくワクワクした。
だから私はそれ以来、
通る世界全てを走るつもりで
旅をしている。
つもり、でしかないことは分かっている。
でも、旅はロマンがなくては!とも思うのだ。
そうして、私はフラフラと気になるものを
見つけては心に留めて、時にはメモや写真を撮って
毎年旅をするのだ。
「遠くの空へ」
人魚姫じゃないんだから、
声は出るはずだった。
白雪姫じゃないんだから、
息をして、動けるはずだった。
だけど、私は結局、
童話の主人公のような
悲劇も、幸福も得られなかった。
臆病だったから
言うことも、行動することも
出来ないままで。
だから、この結末は必然なのだ。
言葉に出来なかった想いは
たぶん、ゆっくり壊死していくんだと思う。
報いかな。じくじく膿んでるみたいだ。
でも、これも恋だったんだ。
恋が果実の形をしていたとして。
私はそれを、あげることも、潰すことも、
捨てることすら出来なかったけど、
もう今はどろどろに溶けて見る影もないけど。
齧ったときの、甘い味も、苦い味も、酸っぱい味も、
全部ぜんぶ覚えてる。思い出せる。
言葉にできないような、
どろどろに腐敗した果実の味でさえ。
あーあ、こんなになってしまうなら
抱え込んでないで捨ててしまえば良かったな。
でも私は、あなたとこの果実を分け合って、
どうしても一緒に食べてみたかったんだ。
勇気が出なくて、手に持ったまま
あなたを見つめるばかりだったけど。
「言葉にできない」
川辺で咲き誇る桜
ゆるい湿気と暖かな日差し
飛び始めたシジミチョウ
鳥のボイストレーニングが始まったらしい
眠っていた木々や草花が一気に目覚め
辺り一面緑の生気に満ちる
彼らの吐息が風に乗り
春を告げてまわっていた
あちらこちらで咲く花の
蜜を集めて回る蜜蜂
窓越しに少し見つめ合う
素晴らしい毛皮をお持ちで
彼女は少しだけ様子を見て、去っていった
ああ、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる
みな、心浮き立つ目覚めの春だ
命溢れる美しい季節
猫と畳に寝転んで
日向にあたりながら微睡む
うん、今日もいい日だ。
「春爛漫」