あなたは本当に優しくて、
とてもとても強い心を持った人だった。
必要に駆られて
身につけざるを得なかったものがあったとしても
きっと生まれついての素養が大きかったのだと思う。
けれど、そんな元々強く優しい人が
もっと強く、もっと優しく、と
そうあり方を変えなければならない程に
あなたに降りかかった試練は厳しかったのだ。
私は、あなたが誰よりも優しくて
誰よりも強かったことを知っている。
そして、あなたが誰よりも、ずっと、
苦しんでいた事も。
到底、生きていたいと望めるような
体では、病ではなかった。
それでもあなたに会いに病室に訪れれば
柔らかな微笑みを浮かべて、
うれしそうに迎えてくれた。
人前で、弱音なんて吐かなかった。
自分を見て苦しそうな顔をする人に
そんなこと言えなかったのかもしれない。
言ってしまえばぼろぼろと自分が崩れて
生きていけなくなると恐れたからかもしれない。
でも全ては私の妄想で、
真実はあなたが全て煙と共に持って行ってしまった。
そばで寄り添うだけで良かったのか。
きっと、気を遣わせていただろう。
私は、頼れる相手ではなかったのだろうか。
棺の中で、綺麗に死化粧を施され、
穏やかに眠るあなたを見たとき、
後悔とも言えないような、
心残りと罪悪感を感じて
他の皆が泣きながら、頬に触れながら言う
「よく頑張ったね、ありがとうね」
なんて言葉、足も手も口も
凍ったみたいに動かなくて言えなかった。
現実じゃないみたいで、でも現実で、
気がつけば両手を腹の前で震えるほど握りしめていて
視線だけは釘付けで。
意識の私が棒立ちの私を後ろから見ていた。
誰よりも、誰よりもあなたが頑張ったことを
私は知っている。
誰よりも、誰よりもあなたが苦しみを抱えていたことを
私は知っている。
安堵したような、本当に安らかな顔をして
棺に横たわるあなたが忘れられない。
そんなふうに眠るあなたを見たのは、
それが最初で最後だったから。
あなたが私にくれたものは
あまりにも多くて
私があなたにしてあげられたことなんて
ほとんどなかった。
そうだ、私はきっと、“死”に負けたのだ。
私のちっぽけな両手では到底与えることのできぬ
安寧を容易く“死”はあなたにもたらしたのだ。
きっと私は、あなたの救いになりたかった。
誰よりも、ずっと、あなたに光を見た者として。
傲慢で、愚かだ。
でも、真実あなたを愛していたから。
“死”にさえ嫉妬するほどに。
「誰よりも、ずっと」
頭が痛い。
体が冷たい。
遠くで誰かが叫んでいる。
ぼやける目に映るは一面の赤。
水道管が破裂して
水浸しになったコンクリートが熱を奪う。
死ぬのかな、と思った。
死ねなそうだな、とも思った。
すごく眠かったので寝た。
目が覚めた。常夜灯だけが照らす部屋。暗い。
視界の端に点滴の管が見える。5パックたぁ豪勢な。
心電図のやつ地味に痒いな。
そこ迄考えて、ア、死に損なったんだな、と理解した。
ので、ナースコールを押した。
バタバタと走ってくる足音。
名前を聞かれて呼ばれて、
何か色々確認されている。
諸々が終わった時にはもう朝だった。
眠いな。と眠りながら思う。
左手が暖かい。
うっすらと目を開けると、
祈るように両手で比較的無事な左手を握りしめながら
俯く君がいた。座ったまま寝てんなこれ。
泣いた跡がある。
ちょっと可哀想なことをしてしまったかもしれない、
と思った。
でもこの身はなんだか分からないけど
死のうとしても死ねなそうなくらい頑丈だし、
これ迄と同じようにこれからも
死に損ない続けると思うので、
いい加減慣れてくれないかなぁとも思う。
そういえば前にこれを友人に言ったら
すごいドン引きされたのだった。
その後色々言われたけど、結局よくわからなかった。
ので、昔からよく言われるし、恐らく何かしらが
「普通じゃない」事だったんだろうと理解したんだけど、
もしかしたら違うのかな。今度聞いてみよ。
「そんなんじゃいつか愛想尽かされるぞお前……」
そんなことも言ってたっけ?
おかしいの。
自分のものに愛想つかされるも何も無いじゃんね。
ずっと一緒だったんだから、
これからもずっと一緒なのは当然の事では……?
でも普通の人からすると違うみたいなので、
家族にでもなっておけば大丈夫でしょ。
なんか知らんけど家族だと別になるみたいだし。
ほんと変な人たちだよね、普通の人?って。
起きないな、こいつ。
思いついたらすぐやりたいんだけどな。
手がぬくいから、起こすか悩む。
結局ぬくぬくが勝った。
もう一緒に住んでるんだし、
起きたら養子縁組でもしよ。うん、それがいい。
「これからも、ずっと」
夕陽って、
見つけたと思ったら
あっという間に海に沈んでしまう。
びっくりするくらい早いから、
沈んでいく太陽を見ると
本当に地球って回ってるんだなぁとか、
回転早いなぁとか、しみじみ思う。
教科書を体感してるなーって。
「沈む夕日」
日向がいい感じだったから、
和室でだらだらしていた。
そうしたらいつの間にか部屋にいた君が
私の腹に乗り上げて来た。
居心地の良い場所を見つけて香箱座り。
陽の光に照らされた毛並みがきらきら。
思わず撫でる。今日も素敵な手触り。
そうしたら、眩しそうにしていた目が開いた。
宝石みたいな淡い緑に輝く瞳。
綺麗だなァと見つめる。
目が合った。
君の瞳は力ある瞳だから
目が合うとピリピリするんだ。
それが少し苦手。
でもあんまり美しいものだから
ついつい見てしまって
気がついた君と目が合っちゃうんだ。
やっぱりピリッとしたから
ゆっくりまばたきして
目を逸らした。
君もゆっくりまばたきして
目をそらす。
でもあんまり綺麗だから
また性懲りもなく見つめてしまう。
そして目が合う。
繰り返し。
「君の目を見つめると」
冬だ。冬の夜だ。冬の夜がやって来た。
空気は氷のように透き通り、甘く冷たい匂いがする。
星々は氷柱のように垂れ下がり
眠る街を見下ろしていた。
私は春を待つ土の丘に寝そべって
白い息を吐きながらそれを見上げていた。
目が覚める迄は春だった。
目が覚める迄は夏だった。
目が覚める迄は秋だった。
目が覚めたので冬が来た。
春に恋する冬告精がうたっている。
春告に会えば死んでしまうくせに。
もう一度目を閉じた。
次に目を開けた時、
夏に別れた
春の君に会えたらいいのにと思って。
「星空の下で」