「今日の心模様」
月曜日は赤
火曜日は橙
水曜日は黄
木曜日は緑
金曜日は青
土曜日は藍
そして日曜日は紫
今日は日曜日
だからわたしの今日の心模様はむらさき
こうして每日紡がれた色によって
虹色の布がつくられて
わたしの涙をぬぐってくれる
あなたのこころをあたためてくれる
「たとえ間違いだったとしても」
陽向(ひなた)くん、
30歳の誕生日おめでとう
独り暮らしで自由なあなたには
今更必要なものなどないだろうと思って
お母さんからは手紙と「これ」を贈ることにしました
あなたが3歳の時に
離婚を選んだお母さんは
おじいちゃん、おばあちゃんにも頼れず
陽向くんと二人きり
楽しいときも 辛いときも
うれしいときも悲しいときも
いっしょだった
あなたが幼い頃は
お母さんはあなたを保育園に預けて
朝早くから夜遅くまで仕事していたから
先生との連絡帳がズッシリと
こんなに何冊にもなりました
この中にはおかあさんの弱音が
たくさん書かれています
「仕事が忙しくて、会話ができていません」
「どうしたらいいかわかりません」
「他のお母さん方はどうされていますか?」
陽向くんが20歳の頃にはきっと
ピンと来なかったでしょうが
30歳になった今なら わかるだろうと
「これ」を選びました
今のあなたくらいの歳に
お母さんが何を考え 何に悩み
どうやってあなたを育て
あなたから育てられたか
お母さんは失敗だらけ
間違いだらけの人生を歩んできたけれど
あなたのお父さんと別れた選択が
たとえ間違いだったとしても
あなたの今の存在が
お母さんのすべてを肯定してくれています
だから 安心して失敗してもいい
あなたの選択が間違っていたと
あとから気づいても それでいい
そのままでいい
お母さんが失敗を繰り返して
いまのあなたを得られたように
こんなにも誇らしいあなたを
得られたように
あなたもきっと何かを得られるから
あなたが描いた沢山の絵
いもほり えんそく しおひがり
うんどうかいでもらったメダル
これも一緒に入れておくね
あなたはこれを描いたとき
メダルをもらったとき
自分がどんなに世界から愛されているか
知ったはずだから
いまだって愛されているんだから
お誕生日
ほんとうにおめでとう
雫
初めて見る海に大はしゃぎの5歳の息子。
ママ!みてみて!お水がこっちにくるー。
キャハハと笑って波から逃げたり
追いかけたり
最近戦隊モノを覚えたきみは
ゆうちゃん、お水としょうぶするー
って、
タァーッとか
ドゥゲシッとかいいながら
キックの真似事をして
たたかっている。
そんな言い方、どこで覚えたんだか。
ママ ママー みてってばぁー。
私の方ばかり見ているものだから
大きな波が来て顔までびしょ濡れ
さっきまでのヒーローは なきべそ顔
「あらあら 濡れちゃったねえ
こっちにおいで。」
ハンカチで髪を拭いてあげながら
半泣きのゆうとの頬を伝う雫を指で拭って
ペロリと舐める。
ビックリして目を丸くするゆうとに
「あまぁい」
といって笑顔を向ける
ホント?
ワクワクしながら
自分の濡れた指を舐めたキミは
からいーー ママのうそつきっ!!
ニコニコしながら息子にいう
ホントに甘いのよ ママにとってはね。
なんて幸せな初夏の午後
「何もいらない」
四時間目が終わり購買部へ向かう僕に
放課後、ちょっとでいいからさ。
家庭科室まで来てくれる?
幼馴染の香織が
廊下ですれ違いざまに早口の小声で
こちらを見ずに囁いた。
僕はドキリとした。
子供の頃は一緒によく遊んできたけれど
高校に入ったら香織は急に綺麗になって
同級生から人気も出たので、
僕はなんだか話しかけ辛くて
最近は僕の方から避けていたところがある。
なんだろう。何の用事があるんだろう。
気になって仕方なかったおかげで
その日の午後は
授業の内容なんて何も覚えていない。
放課後、「寄るとこがあるから」と
友達を先に帰らせて、急いで家庭科室へ行くと
そこに香織がハニカミながら待っていた。
「ゴメンね。急に来てくれなんて。」
僕はその表情にも声にも、妙にドギマギしながら
努めてクールを装った。
「べつに。んで、なに?用事ッテって。」
ヤバい。かんだ。
なんだよ、『用事ッテって』ってのは。
思わず脳内で自分にツッコミを入れる。
テッテ多いな、おい。
そんな僕に香織は気づかないのか
言葉を続けた。
「うん。あのね。あんた来週、誕生日でしょ。
それで今年は何をあげようかなぁって。」
僕は舞い上がってしまった。
この香織が僕に?誕生日プレゼント!?
正直、最近なんて話もしていないから
去年で僕達の、他の同級生たちより近い関係も終わりかなと思っていた。
心は舞い上がっていたが、声は努力して低く保った。
えぇー?
頬の緩みが止められない。
「わるいからさ。何もいらないよ。」
その気持ちだけで。
と、僕はクールにこたえた。
来たか、僕の時代が。
「じゃあ、自分で考えてみるね」と言って
香織も笑った。
これって脈アリもアリ。
アリ寄りのありだろう?!
僕はその日、空を飛んで帰った。うそだ。
誕生日当日、いつ渡されるのだろうと一日中どきどきだった。この待つ感じも醍醐味だ。だって「貰えること」が保証されているんだ。もらえるまでのこの時間を楽しまなくてどうする。
掃除の時間、箒で校庭を掃いていると、パンツのポケットのスマホが震えて着信を知らせた。香織からのLINEだった。
「HR終わったら裏門にきて」
その時の僕は、多分箒で空くらい飛べたと思う。飛ぶの2回目。
裏門は防犯上から施錠されていて、
普段誰も使わない。
カッコつけて少し遅れていくと
香織が待っていた。
そこで渡されたのは
赤いセロファンに金色のリボンで包まれたお菓子だった。
コロコロとした僕の好きなトリュフチョコレートのようだ。
「あまりうまくできなくて。ゴメンね。
誕生日、おめでと」
香織はそういうと可愛らしく小走りで去っていった。
僕は感動して、早速チョコレートの包みを開けた。
ん・・・・・?
チョコレート・・・ではないな。
なんだろう。
冷えて固くなった溶岩、かな?
それとも、炭?
一つ手に取ると、パラパラと消し炭が手につく。
それに今まで嗅いだことのない
脳が本能的に警告するような
毒物的な臭いもする。
わずかな可能性に賭けた僕は
勇者並みの勇気をふり絞って
ひとくちだけ齧ってみた。
まぎれもなく溶岩だった。
噛んでも噛んでも飲み込めず、口の中に苦味だけが残る。これはやはり口にするものではない。僕は隅の桜の木の下に吐き出して(これを養分に花を咲かせてくれ)、
何に使うものなんだろう?と考えた
なぜ誕生日に溶岩をプレゼントされたのかについても、皆目わからなかった。
冷蔵庫に入れると匂いを取るアレかな?
いや、この未知の物体自体が強烈な臭いを放っている。
そもそも脱臭効果があるのならば
まずは自分自身を脱臭しろや!ってとこだ。
脳内ツッコミが忙しい。
結論が出ないまま夕日が沈む方へ、独り歩いて帰宅していると
香織からLINEが届いた。
「味、どうだった?」
喰い物だったんかいっ?!
食い気味で脳内ツッコミが入る。
僕は急いでLINEを返した。
「わるいからさ(きもちが)。
来年からは何もいらないよ。」
その気持ちだけで。
カラスが「アホー、アホー」と鳴きながら
夕日の沈む方へ飛ぶのが見えた。
「もしも未来を見れるなら」
晴れた初夏のある日、私は
結婚して豪邸に住む姉を久しぶりに訪ねた。
4歳離れた姉の功績は中学も高校も同じ学校だった私の重荷となっていた。
「あの樫本千晴の妹」
先輩たちも先生方も、成績優秀でスポーツも万能、美人でピアノが抜群にうまい完璧な姉を持つ私のことを皆はそう呼んだ。
私の名前は「千晴の妹」ではない。
姉は卒業後音楽大学のピアノ科に進んだため、私は好きな絵の道を選び、ようやく姉の呪縛から解き放たれた。
姉は既に在学中から海外のコンクールに出場し、第三位に入るなど卒業前から大注目のピアニストだった。
卒業後は国内のみならず海外からもリサイタルのオファーがひっきりなしで、両親も大喜びでツアーに同行している。どこまでも私を圧倒的に突き放して光の中を進む姉が、私は苦手だった。
小さい時から私も憧れだった近所の
大きな田中医院の長男、伸一さんと姉が結婚して引っ越してからは、
ますます私は自ら姉から遠ざかった。
それが先日、30歳の誕生日を区切りに
突然ピアニストを引退してしまったのだ。
そして今日その姉が
新居に遊びにおいで
と、私を強引に誘ったのだった。
良い天気とは裏腹に私はかなり憂鬱だった。
「久しぶりー。千夏。
よく来てくれたわね。入って、入って。」
相変わらず美しい姉が眩しかった。
「ねえさん、元気にしてた?」
引きつった笑顔をつくり、手土産のケーキを渡す。
重いドアを通り抜けると吹き抜けのエントランスがある。姉さんの演奏に感激したパトロンの誰かが贈ったであろうビーナス像が置かれ大きな絵もかけられていた。
さらに両開きの木のドアを開けると、そこは30畳ほどもある明るいリビングだった。
壁の一面がまるまる水槽になっていて、伸一さんの趣味である色とりどりの大小の海水魚やサンゴ、イソギンチャクなどが、揺れていてまるで水族館のようだった。
私は座ることもせず視線は水槽に釘付けになった。
「ビックリしたでしょーう。」
私の後方でケーキを切るナイフをカチャカチャと用意しながら姉が明るく言う。
彼の趣味ちょっと理解できなくて。うふふ、と笑っている。
「ねえさん……」
「このあいだ、たまたまなんだけど」
みちゃって、伸一さんのスマホの履歴。
姉がクスクスと笑う。
「抜けてるわよねえ。開きっぱなしで飲み物を取りに行くなんて」
「ねえさん……」
「私の誕生日をここでお祝いしてたの。
今みたいにナイフを持って、ケーキを切るところだったのよねぇ。」ふふふ。
姉が視線をナイフに落とし、声をだんだん落としていく。
「ねぇ千夏」
姉が見つめているであろう私の背中を
一筋 汗が伝う
「伸一さんを私から奪おうとしたの?」
「ねえさ……」
「伸一さんたら、もしも未来が見れるなら
キミを選んでいただろう なんて」
書いてたけど うそよね。
姉が低くゆっくりと語る、後ろから私に近づきながら。
私の足は絨毯に縫い留められているように一歩も動けなかった。
私の目は
水槽の「内側から」
大きく口を開け、
目を見開いて私のほうを凝視する
ゆらゆらと揺れる伸一さんを捉えていた。
「……!ご、ごめんなさ……」
振り返った私の視界は
間もなく真っ暗になった。