maria

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「何もいらない」


四時間目が終わり購買部へ向かう僕に


    放課後、ちょっとでいいからさ。
    家庭科室まで来てくれる?


幼馴染の香織が
廊下ですれ違いざまに早口の小声で
こちらを見ずに囁いた。

僕はドキリとした。
子供の頃は一緒によく遊んできたけれど
高校に入ったら香織は急に綺麗になって
同級生から人気も出たので、
僕はなんだか話しかけ辛くて
最近は僕の方から避けていたところがある。
なんだろう。何の用事があるんだろう。

気になって仕方なかったおかげで
その日の午後は
授業の内容なんて何も覚えていない。

放課後、「寄るとこがあるから」と
友達を先に帰らせて、急いで家庭科室へ行くと
そこに香織がハニカミながら待っていた。

「ゴメンね。急に来てくれなんて。」

僕はその表情にも声にも、妙にドギマギしながら
努めてクールを装った。

「べつに。んで、なに?用事ッテって。」

ヤバい。かんだ。

なんだよ、『用事ッテって』ってのは。
思わず脳内で自分にツッコミを入れる。
テッテ多いな、おい。

そんな僕に香織は気づかないのか
言葉を続けた。

「うん。あのね。あんた来週、誕生日でしょ。
それで今年は何をあげようかなぁって。」

僕は舞い上がってしまった。
この香織が僕に?誕生日プレゼント!?
正直、最近なんて話もしていないから
去年で僕達の、他の同級生たちより近い関係も終わりかなと思っていた。
心は舞い上がっていたが、声は努力して低く保った。
えぇー?
頬の緩みが止められない。

「わるいからさ。何もいらないよ。」

その気持ちだけで。

と、僕はクールにこたえた。
来たか、僕の時代が。
「じゃあ、自分で考えてみるね」と言って
香織も笑った。
これって脈アリもアリ。
アリ寄りのありだろう?!
僕はその日、空を飛んで帰った。うそだ。

誕生日当日、いつ渡されるのだろうと一日中どきどきだった。この待つ感じも醍醐味だ。だって「貰えること」が保証されているんだ。もらえるまでのこの時間を楽しまなくてどうする。

掃除の時間、箒で校庭を掃いていると、パンツのポケットのスマホが震えて着信を知らせた。香織からのLINEだった。

「HR終わったら裏門にきて」

その時の僕は、多分箒で空くらい飛べたと思う。飛ぶの2回目。

裏門は防犯上から施錠されていて、
普段誰も使わない。
カッコつけて少し遅れていくと
香織が待っていた。
そこで渡されたのは
赤いセロファンに金色のリボンで包まれたお菓子だった。
コロコロとした僕の好きなトリュフチョコレートのようだ。


「あまりうまくできなくて。ゴメンね。
誕生日、おめでと」

香織はそういうと可愛らしく小走りで去っていった。

僕は感動して、早速チョコレートの包みを開けた。


ん・・・・・?
チョコレート・・・ではないな。
なんだろう。
冷えて固くなった溶岩、かな?
それとも、炭?
一つ手に取ると、パラパラと消し炭が手につく。
それに今まで嗅いだことのない
脳が本能的に警告するような
毒物的な臭いもする。
わずかな可能性に賭けた僕は
勇者並みの勇気をふり絞って
ひとくちだけ齧ってみた。


     まぎれもなく溶岩だった。


噛んでも噛んでも飲み込めず、口の中に苦味だけが残る。これはやはり口にするものではない。僕は隅の桜の木の下に吐き出して(これを養分に花を咲かせてくれ)、
何に使うものなんだろう?と考えた

なぜ誕生日に溶岩をプレゼントされたのかについても、皆目わからなかった。
冷蔵庫に入れると匂いを取るアレかな?
いや、この未知の物体自体が強烈な臭いを放っている。
そもそも脱臭効果があるのならば
まずは自分自身を脱臭しろや!ってとこだ。
脳内ツッコミが忙しい。

結論が出ないまま夕日が沈む方へ、独り歩いて帰宅していると
香織からLINEが届いた。



「味、どうだった?」



      喰い物だったんかいっ?!

食い気味で脳内ツッコミが入る。

僕は急いでLINEを返した。

「わるいからさ(きもちが)。
     来年からは何もいらないよ。」

その気持ちだけで。

カラスが「アホー、アホー」と鳴きながら
夕日の沈む方へ飛ぶのが見えた。

4/20/2023, 1:43:04 PM