私の地元は家がぽつんぽつんとまばら点在していて
その家々に囲まれるように田園が広がっている。
冬でも晴天の日は見晴らしがいい。
空が大きくて鳥も悠々とのびのびと飛んでいる。
その青い空に落書きをするように
飛行機が雲を描きながら通り過ぎる。
「明日は雨が降るだろう」
いつかの誰かがそう言ったのを思い出す。
もしそうならこの『絵』を切り取ろうか。
明日になればわかるし、未来の天気予報になる。
私は今日もまた何気ない空をスマホで撮る。
地元の小さなスーパーでは
手づくりのパンを売っている。
日替わりで作られるコッペパンの中の具を
私は毎日楽しみにしている。
だから、焼き上がりを知らせるベルの音が
店内に響くと機嫌を損ねていても私の口元が緩む。
初めて買ったコッペパンの中はあんバターだった。
愛知出身の母が好きな味。
母と一緒にこのスーパーに初めてきたとき
母は子供のように目を輝かせ、
ひとつ息を吐いて、こう言った。
「あんバターはね、お母さんの母の味なのよ。
ただ、あんバターと一口に言っても母のは別格。
普通より少し強めの甘さのあんと
しょっぱいバターが相まって、いい塩梅を生む。
あの味を出すのは意外と難しい。
でも、もしこのスーパーと母の味が似ていたら
また買いに来ようね」
そう言ったあのときの母のほんわかした笑顔は
あんバターのあんみたいな甘い匂いがふわりとした。
今日もベルの音が響いた。
いつもより少し遅い時間。
手間のかかるコッペパンの具は新商品なのだろうか。
いや、改良した母の思い出の味のあんバターかも。
風邪をひいて欠席しているあの子のことを
僕は詳しく知らない。
元気なときにクラスのやつらと話している場面が
記憶にない。
思い返せば、休み時間にあの子が読んでいた本は
いつも『成瀬は天下を取りに行く』だった。
成瀬のような女の子に憧れているのだろうか。
僕は『成瀬シリーズ』をいまだに読んだことがない。
あの子が復活したら成瀬を武器に距離を縮めたい。
綿矢りさの『蹴りたい背中』のにな川に対する
主人公の乱暴な気持ちとは裏腹に
僕の気持ちは前向きな好奇心だ。
放課後。本屋に寄って成瀬の本を買おうかな。
あの子とすれ違いにならないように
万全の防寒で風邪をひかないように注意しながら。
クリスマスシーズンが始まった冬。
街路樹を飾るイルミネーションは
家族連れやカップルを優しく出迎える。
私みたいな独り身でも、
イルミネーションの明かりは温かい。
その輝きを遠く離れた友達にLINEで送る。
彼女から送られてきた返信には
サンタの格好をした猫のスタンプが
「きれいだね」と言っている。
昨日、「さよなら」を言ったあの人は
今頃、新しい誰かと一緒にこの優しい灯りの中を
「寒いね」とでも言い合って歩いているのかな。
イルミネーションは恋人たちのものと思っていたけど
灯りは人を選ばない。
いつかの冬は隣にあの人以上の誰かがいることを
切に願い、
イルミネーションを見て今日も一人たそがれる。
親の愛を知らずに育ったあの子に
僕は何をしてあげられるのだろうか。
僕には両親がいて(普通が何かは知らないけど)、
素朴な愛を注がれて生きてきた。
そんな僕が愛を注いでもあの子は
真実だと信じてくれのか。
多分すぐには受け入れがたいだろう。
だから僕は温かいペットボトルのミルクティーで
心も体も暖めて欲しい。
小さすぎる素朴な愛だけど
段々と少しずつ大きな愛を注いでいくよ。
僕が両親にもらった愛よりも
違う意味を持つ愛を君に教えたい。