冬晴れにする凧あげは、写真映えする稀な情景だ。
公園のベンチに腰掛けていると、 二、三才くらいの男の子が凧を上げようと走っていた。
黒のダウンに白い綿のズボン。おむつをしているらしくおしりは膨らんでいた。
彼は凧を上げるのが下手だった笑
凧を連れてちょこちょこと走り、きゃっきゃと言いながら草むらをぐるぐる回っていた。
上がってないのに楽しそうだった。
そうこうするうちに、見かねてか母親と思わしき人が凧を受け取って代わりに上げていた。
ふわり。
突き抜けるようなウォーターブルーの空には雲が全くなかった。凧糸は空に溶けて見えなくなり、白地に赤で「龍」と書いてある四角い帆が、半球形のパノラマに映えた。
太陽光線が結晶化し、四角の鎖に見える。
一安心した私は、買ってきた肉まんを冷めないうちに食べようと視線を手元に落とした。
ふたつに割ると中から湯気といい匂いがただよう。
ふと顔を上げると、先程の男の子が目の前でこちらを見ている。寒さからか頬が白桃のように赤くなり鼻が垂れていた。
「食べる?」
彼は何も言わずこちらを見つめて指をくわえている。恥ずかしがり屋のようだ。
持っている肉まんを半分差し出すと、奪うように取り、振り返った。
彼は別の凧を引きずっていた。
「どんな時が幸せ?……うーん、そうだなあ。押しつけてる時」
「押しつけてる?」
「例えば旦那を仕事に送り出すときに、かばんのサイドポケットに折りたたみ傘をいれとくの。それでお昼過ぎににわか雨降った時とか」
「なにそれ?気付いてくれなかったらどーするのよ」
「彼は必ず気付いてくれる。そしてこんな私と結婚した俺はなんて幸せ者なんだって言ってくれるの」
「はいはい、わかった。わかった」
帰宅すると玄関に彼の靴があった。……もう帰ってるのか。シュークローゼットを開けると 折りたたみ傘とコンビニで買ったような簡易傘が並べて置いてあった。
「ただいまー」
「おー、お帰り。傘入れたんなら言ってよねえ。買っちゃったじゃん」
彼は眉を八の字にして相好を崩した。
「ごめーん。LINEのひとつでも送ればよかったねえ。ご飯は?」
「もーペコペコ」
「オーケー今から作るから待っててぇ」
犬みたいな顔が妙に愛おしかった。
あぁ、私の幸せはいつ来るのだろうか――
自然公園の曲がり角を通り過ぎると、のんきにハトが鳴いていた。
ほー。
ほー。
ほっほー。
向かい側からは、だらりと舌を垂らした白い犬が、ハッハッと息を荒くして飼い主の女性を引っ張っている。
今年の抱負はダイエット。ジョギングを始めてから三日しか経っていないのだが、もう毎朝の習慣のような気分になっている。
しばらく行くと車がほとんど通らない道に入る。
私はAirPodsのノイズキャンセリングをONにして走るスピードを上げた。
――あっ、back numberの水平線だ。懐かしい。
足裏に感じる地面の硬さをいなすように、後ろに蹴って前へ進む。
水平線が光る朝にー
心臓と肺が頑張っている。呼吸が浅くなってきた。
風に飛ばさーれる欠片にー
ゴールまでもう少し。歩幅を大股にする。
光ーってー
顎が上がって口呼吸になる。頑張れっ。頑張れっ。
あなたはそれを見ーるでーしょ
う
はあっ。はあっ。死ぬ。朝から頑張りすぎた。
家の前にある自動販売機で炭酸飲料を買う。
ごくごくと火照りを鎮めるように飲んだそのあと、ラベルをそーっとこちらに向けて栄養表示を確認した。
海の向こうから顔を出した太陽光が、波の上に反射して光の道を作り出し、まるで導くように私の足元まで伸びていた。
凛と澄んだ空気を濁すように、はきだした息は白い。
スマホ越しに眺めようか、そのまま眺めようか迷った末に、視界に両方入るように腕を伸ばした。
手があと二本あれば撮りながら拝めるのに。
時間は時間通りに過ぎていく。行列を待つような長さではなく、何かに没頭したときのように短いわけではない。
一分が一分通りに一分経つ。
気持ちがよかった。
耳の先が冷たくなって、感覚がなくなりそうになった頃に、朝陽は姿を現した。
全ての願いを祈り終えるまでに要した時間をかえりみると、少し恥ずかしくなる。
鼻の下が濡れている気がしたが拭うのをやめてもう一度視線を遠くへやった。
あけましておめでとうございます。
今年も皆さまにとって素敵な一年でありますように。