I love you as you are
(ありのままのあなたを愛している)
――マザーテレサ――
1952年、「死を待つ人の家」を設立したマザーテレサは、貧困や孤独な人々を受け入れ、彼らの終末期を献身的に介助した。
路上で横たわっている浮浪者たちの、ネズミや虫に体を喰われてウジのわいた傷口を拭いながら、
彼らがどんなに不潔であったり、過去にどんな罪を犯していようとも、その今の姿のままを受け入れて、「何かをしてくれるから愛するのではない。
ありのままのあなたでいい」という意味を込めてこの言葉を残している。
「人はパンのみにて生きるにあらず」
人には愛が必要だ。あなたは一人じゃない。食事やお風呂などの物質的な介助よりも愛を持って精神的に満たしてあげることの方がはるかに重要だ。
……マザーテレサの偉人たる所以を垣間見て、飲んでいたコーヒーを机に戻して中空を仰いだ。
「おーい。」
感傷に浸る私をさえぎって夫が声をかけてきた。
「今夜部下と飲みに行くから小遣いくれよ。」
「わかった。一万円でいい?てか一万円で済ませてきて」
「おけおけ、わかってる。サンキュー……愛しているよ。」
はぁ。
――私は大きなため息をついた。
街へ
沖縄県那覇市にある国際通りは「奇跡の一マイル」と呼ばれている。
1.6㎞の真っ直ぐに伸びた道は、焼け野原になった焦土の戦後復興をいち早く達成し賑わった。観光地として発展し、お土産屋、飲食店、ホテル、市場などが所狭しとひしめきあっているエネルギッシュな通りだ。
国際通りにはジンクスがあった。
「何かに挑戦する前に通ると成功する」というものだ。
私もそのジンクスを心に留めて、入り口のスクランブル交差点に立った。
斜めに走った横断歩道、道の先には、みずほ銀行、二階部分には大画面のデジタルサイネージ、外は日が出て暖かく、薄着でもいいくらいの気温だった。
ピンポーン。
『歩行者信号が青になりました。安全を確認してお渡り下さい』
ピヨ。
ピヨピヨ。
四方から音響がなる横断歩道を渡り、通りの入り口に入ると人でごった返していた。
修学旅行の女子高生、アジア人、ヨーロッパ人、白髪でヒゲで長髪をポニーテールにしているおじい、買い物車を押しているおばあ、鉄腕アトムが履いているような、でっかい赤い靴を履いた若者、シーサー。
多種多様な人々(犬々)が通りをばっこしていた。
多種多様は人だけではない。軒を連ねる店もバラエティに富んでおり、人と店と全部ひっくるめて国際通りだった。
本物の炎を使ったたいまつを看板に掲げるステーキ屋さんの前を通ると、焦がしたバターの香ばしい匂いがした。
お腹が空いてきて、テイクアウトできるポークたまごおにぎりを買う。
隣は、パワーストーンを扱うお土産屋さんだった。
ティファニーブルーの泪型の石のネックレスを手に取ると
「お姉さんと同じくらいきれいでしょ?」
と店員のおっちゃんが言ってきた。購入する前からパワーストーンの効果を感じて、結局オリオンビールのTシャツ2枚と、ハイビスカスの花飾りも一緒に買った。
道の中程までいくとスターバックスがある。
ベンティサイズをわしづかみした2メートルくらいの黒人が、すれ違う時に「Sorry」と言ったので「ザッツオーケー」と返した。
彼につられてキャラメルマキアートを買う。
道の終盤は派手なお店がなくなり、祭りの後のような少しの寂しさを感じながら、一日の充実感に浸っていた。
――私の挑戦、……節約と貯金。。。
両手一杯の買い物袋と、無理矢理に持ったキャラメルマキアートを見ながら、「明日から本気出す」と心に誓った。
頼み事を断らず、人の悪口を言わず、必要な時は叱り、感謝と気遣いで利他の精神をもち、自分より他人を優先させる。
唐揚げに檸檬を搾ってあげ、サラダは人数分取り分け、自分の箸を使うときは逆さ箸にして衛生面を保ち、焼き鳥は串から外し、外した後の串は、折ってまとめておく。
入り口に近い場所にポジションを取り、トレーに乗った人数分の飲み物は、手を伸ばして手伝い、乾杯のビールは相手から先に渡す。
脱いだ靴は履きやすい向きに返し、最後の唐揚げは残してあげる。
こんな私と飲みに行きませんか?
「冷たいのは心じゃない。身体の方なんだ」
彼はそう言って立ち上がった。「なにか温かくなるものでも買おう」
夜の公園のベンチで話しこんでいた私たちの身体が冷たくなっていたのは事実だった。
ずらっと並んだ自動販売機の、どれにしようかと悩んでいる彼の横顔が逆光になる。
いつもは黒髪のセンターパートのヘアスタイルが、頭の輪郭をぼやかすように茶色に浮かびあがり、その一本一本が、黒いべた塗りのシルエットを現実に引き戻すように立体感をもたせていた。すっとのびた高い鼻が後ろの光をきれいにさえぎってコントラストをつくりだし、上唇と下唇の稜線が私を戸惑わせた。
ガラガラゴトン。
「どうぞ」
漆黒の影は、まだ見ぬ白馬の王子様のように表情が読み取れず、声だけが冷たい空気を突き抜けて頭の中に直接響いた。
「ありがとう」
受け取った飲み物は……ホットチリソースだった。ずっしりと重い黒いラベルの緑のキャップをつけた先が細いタバスコのような形状だった。……なんでやねん。
「ちょうど切れてたんだ。家で鍋でもやろーぜ」
すかさず言い返す。
「ちょっと、コーヒーとかお茶じゃね?こういうときって」
私は笑いながら彼を見上げた。
心が少し温かくなった。