閉ざされた日記
美しい夢を見た。
どこか深いところから浮かびあがるように顔を出すと、そこは南国の海だった。
クリスタルグリーンの透きとおった水中に、網目状に広がる光ぼう線、頬をあたたかい風が撫でる。
張りついて口の中に入っていた髪を元に戻した。
もう一度水中に入ろうと前転すると、身体がマーメイドになっていることに気付いた。スパンコールのように光を乱反射する鱗の部分を、上下にうまく動かしながら深いところに入っていく。
横を見ると、でこっぱちのコブダイが眠そうに半目でこちらを見ていた。
底に近づくとファインディング・ニモに出てくるカクレクマノミがいた。オレンジと白が美しい。その隣には黄色と黒が奇麗なエンゼルフィッシュ、奥にはピーチピンクの煌めくサンゴ礁が広がっている。
光が遮られて上を見上げると、マンタの裏側が通り過ぎた。タレ目の笑顔がアンニュイだ。
その後、再び薄明光線が光の剣のように海を射し込んでいく。
奥から別の生き物がやってきた。人魚の男バージョン、マーマンだ。顔にタトゥーのようなカミナリ模様があり、ゴリゴリのマッチョだった。
私はその場を離れて水中から飛び出し、岸辺に腰掛けた。
嫌な予感は当たり、彼は追いかけてきて私の腹に覆いかぶさった。ゆっくりと顔を近づけてくる。
――あ、これはやばい。ちょっと待って、ちょっと待っ――。
…目が覚めると、家で飼っているネコが口元をぺろぺろと舐めていた。
「1」
この世界は回っている。
「2」
地球は太陽の周りを回り、
「3」
水は雨になり、海になり
「4」
人は生まれては死に、
「5」
平和になれば戦争を起こし、
「6」
生産をして消費をする。
「7」
遊園地ではメリーゴーランドが回り、
「8」
近所へ行けば寿司が回っている。
「9」
気を紛らわそうと、思考を遠くに飛ばしていたら目眩がしてきた。
「いける!いけるよー!」
目を開けると視界の中央から木製のバットが飛び出しており、地面が回っていた。
「10!」
……真っ直ぐ歩けるかなあ。
尿意を催して目が覚めた。
夢かうつつか意識は曖昧で、少しの高揚感があったのだが、身体ははっきりと体外に尿を排出せよと命じており、ふたつの感情がせめぎ合っていた。
布団と私の癒着は激しかったが、最終的に生理現象に負けて布団を剥がすことになった。
両足をベッドに下ろすと、足元にひやりと床の冷たさが伝わる。
気休めにスリッパを履いて、部屋のドアを開けると、隙間からキャミソールの胸元にするりと風が入り込んで鳥肌が立った。
室内は冷気が冴えわたり、照明のスイッチを探す私を焦らせた。
家のトイレは寒いのだ。
私は下着を下ろすと、ダメージを最小限におさえようと、そーっと腰をおろすのだが、案の定無駄だった。
ヒャッとする。
便座は私から貴重な体温を奪い、両腕の肌を七面鳥に変えた。
抑制していた筋肉が弛緩され、そこからも温かさが出ていった。湯気が立つのを恐れて、私は股を閉じる。用を足して安心したのも束の間、次の難関が待っていた。
洗面台の前に立つ。お湯をひねろうか水をひねろうか迷った挙げ句、水からお湯に変わる待ち時間を憂い、水の蛇口をひねった。出てきた水に指先だけ当てて温度を確認してみたが、どうあがいても温かいはずはなく、決断を迫られる時が来た。
―うん、二度寝は無理だな。
私は蛇口をひねって水を強くした。