一年前に何をしてたかは、インスタで分かる。
これはすごいことだろう。
私はこれを『デジタル資産』と呼んでいる。
デジタルネイティブ世代は当たり前すぎて自覚ない人が多いし、逆に上の世代は『デジタルタトゥー』と呼んで畏れている。
スマートフォン革命で思春期を過ごした私たち世代特有の、きらきらした十代、二十代のお宝がその中にザクザクと入りこんでいるのだ。
うまくいけばどこでどんな会話したかも分かる。写真や投稿がないときも、この写真とこの写真の間だから、こんな感じだと記憶にあたりをつけることができる。
ちなみに一年前の今日、私は彼とデートしていた。
同じ服を着ている。
お揃いのアップルウォッチ、色違いのマルディメクルディのTシャツ(私がピンクで彼が緑)、お揃いのSupremeエアフォースワン。
満面の笑顔でピース。
次のスライドでは地元で有名なレストランのフォトスポットで彼の頬にキスしている私の写真。
……は、恥ずい。
画角からして私がカメラ(スマホ)を持ち、自撮りで撮っている。手書きの編集で「ずっと一緒♡」と書いて投稿している。
あれから一年しか経っていない。
あの頃はまだこんなこともできたのか。
冷静になった目線で見ると、顔が赤くなって身をよじりたくなる程だ。
よく見ると彼は少しイヤそうな顔をしている。
私はこれを『デジタル資産』と呼んでいる。
明日世界が終わるなら私は和風亭の大原御膳を食べる。
説明しよう。和風亭とは沖縄県にあるサンエーというイオンのようなショッピングモールのテナントに入っている和食レストランである。
その中で私が最後の晩餐として1位指名しているのが大原御膳(税込2000円)だ。
大原御膳は、寿司、天ぷら、ざるそば(麺は選べる)、茶碗蒸しから成る豪華和食セットなのである。
お寿司は、まぐろ、エビ、サーモン、ホタテ、鯛が平たくて四角い黒陶の皿に、ひとつひとつの造形を見てくれと言わんばかりに距離を取って優雅に置かれている。
天ぷらは、なす、れんこん、大葉、かぼちゃがお互いを支え合うようにして山の形に盛られ、最後にしっぽを上にして、しゃちほこのようにエビが頂きに瞬き、君臨している。
ざるそばは、てかてかと輝くそばが、きれいに麺線をそろえて鎮座しており、その上に刻みのりが彩りを加えている。
そしてこの主役級のアベンジャーズのようなキャストを影で支えているのが茶碗蒸しだ。
主役級をがっついて胃がびっくりしないように、私はまずこの茶碗蒸しに手をつける。
持っても熱くならない程度の適温の湯呑みをわしづかみにして蓋を開けると、ぷるんとした薄黄色い地の部分が顔を出す。
朱塗りの小ぶりなスプーンを突き刺すと中央からしいたけが飛び出し、おだしのいい香りが漂うのだ。口に入れると、しいたけに閉じ込められたうまみがじゅわっと口の中にひろがり、なめらかな卵の部分とまざりあっていく。
茶碗蒸しで胃の準備を完了したあとは、贅沢な三角食べだ。(道明寺にしようか花沢にしようか。知らない人ごめん)
その日の気分で変わるが世界最後の日はざるそばから手をつけよう。
わさびはせき込まないように用意されてる分の半分を使用する。ネギと一緒につゆの中に入れてよく混ぜ、最初のひとくちは麺を三、四本少なめに取る。
つゆは麺の下の部分に軽くつける程度ですすると鼻の奥にそばの香りが突き抜けるのだ。
最後につゆとわさびが追いかけてくる。このまま駆け抜けたくなるがここは我慢。
天ぷらの山へと移動する。
手始めに大葉からいこう。薄くつけられた衣が向こう側の光を通して後光のように鮮やかな緑がきらめいている。食感を失わないように、温められためんつゆは少しだけつけて頬張る。さっくりと歯に感触が伝わり、そのあとに大葉のほろ苦さが脳髄を刺激する。
お次は寿司だ。せっかくだから手で食べよう。世界は終わる。箸など使ってられるか。まぐろからだ。粋じゃない?関係ねぇ。まぐろが俺からいけと叫んでいるのだ。
横に倒してネタ部分にしょうゆをつけ、口に入れるときに逆さまにして食べる。ファーストタッチはネタの部分からだ。ねっとりとした濃厚な舌触りに分厚いくせにかみ切れるやわらかな食感。ほとんど同時にしゃりがほぐれてひとつぶひとつぶが踊り出す。
三角食べを交互に繰り返したあと、私はいつもあることに悩まされる。それはフィニッシュを天ぷらのエビにしようか寿司のエビにしようか決められないことだ。
スーツを着た彼か、上半身を脱いだシックスパックの彼か、私は世界最後の日までこの決断に苦悩するのだろう。
「美希って空気清浄機みたいだよね」
「空気清浄機? なにそれ、悪口?」
「違うよ。……私と美希がはじめて会ったときのこと、覚えてる?」
「あんたが転校してきたとき?」
「そうそう」
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私の親は転勤族で、中学卒業までに合計で四回の転校を経験した。
子供にとっての転校は、それまで懸命に積み上げてきたブロックを、他人の手で無理やりなぎ倒されるようなリセット感がある。
転校を告げられるたび、その前後一ヶ月は、胸の奥に憂鬱が居座っていた。
中学二年生、四回目となる転校先の教室。
何度も繰り返したせい(おかげ?)で、スクールカーストの把握が早かった私に一軍女子が話しかけてきた。
「え、何これ、タイルシールじゃん。懐かしすぎてウケるんだけど! まだ持ってる人、初めて見た」
教室のギャル系グループの女子が、私の筆箱からこぼれ落ちたシールを指さして声を上げた。
周囲にクスクスと乾いた笑いが広がる。
それは私が前の学校の親友とお揃いで買った、大切なお守りのようなものだった。急速に教室の温度が下がり、湿った悪意が空気に混じる。
私は顔を赤くして黙り込むしかなかった。
その淀んだ空気を切り裂いたのが、学級委員を務めていた美希だった。彼女はすかさず二人の間に割って入ると、床に落ちたシールをひょいと拾い上げた。
「え、ちょっと見せて! あ、これ私が一番欲しかったやつだ。結局買えなくて、私これの偽物みたいなのしか持ってなかったんだよね」
美希は屈託のない笑顔で一軍女子の方を振り返る。
「懐かしいよね。てか今見ると逆に可愛くない? スマホの裏に貼るの、一周回って流行りそうじゃない? ……あ、予鈴鳴るよ! みんな座って、今日の先生機嫌悪いから!」
彼女が放った言葉は、鋭い毒を中和するフィルターのようだった。一軍女子たちの攻撃性は霧散し、教室には日常のざわめきが戻る。
私は、止まっていた呼吸をようやく再開することができた。
―――――――――――――――――――――――
私はあの日から仲良くなった美希に向かって言った。
「昨日さ、リビングで読書してたら、ぷってついおならしちゃったのよね、そしたらさ、隣にあった空気清浄機がウォンって冷蔵庫が急に動く時みたいに作動してさ。その時に、あっ、美希みたいって」
「あたしゃ、おなら回収機かよ!」
「……ってことは今の例えでいうとあの時のシールはおなら?」
二人で声をあげて笑った。
静けさが鳴る。
ラストスパートでノイズキャンセルしたAirPodsのせいで世界の音が内側になった。
耳の裏でなるシーンという金切り音、足の裏が離れるたびにハッハとなる呼吸音、肺の裏でどんどん激しく収縮する心音、首の裏でシャカシャカとなるパーカーの摩擦音、歩幅に合わせてペタペタと頬を叩く黒髪の風切り音、わずかに入ってくる車の騒音、かすかに入ってくるファミリーマートの入店音、充電切れの警告音、地面蹴り上げる打音、せり上がる胃液音、歯音、倍音、破裂音。
もうそろそろ限界だもん!
―ぽんぽろぽんぽんぽん
……はぁっ、はぁっ、はぁっ。AirPodsの充電切れた。
私の元彼は覚せい剤を使用したことがある。
10年くらい前の話、当時付き合っていた彼に、あなたのことがもっと知りたい。何でもわかり合える関係でいたいと話したら、これが返ってきた。
想像の斜め下をいく話で、どっっしぇーとなった記憶がある。
当時私はこの話を誰にも相談できなかった。
なぜなら私と彼は同じ職場で、同棲もしていたので、周りの交友関係が重なっていたからだ。
どこでどんな情報の漏れ方をするのか分からなかったので誰にも言えなかった。
なんで一緒に住んでいて気づかなかったかと言うと、彼は依存症ではなく、使用経験があるということだったからだ。
覚せい剤は1回の使用で5000円くらいかかるらしい。ほんで大阪の秘密の場所まで2,3回分の量を買いにいくのに、交通費やら場合によっては宿泊費やらを考慮すると一気に4,5万とんじゃうらしいのだ。
つまり、依存症になるほど使おうとするとそれなりの財力がいるということだ。
そんなリアルな理由が私をさらにどん引かせた。使用直後は全身の毛穴が開く感じがしてトイレ(大)に行きたくなるらしい。なんかめっちゃリアル。。。
私たちは1年ほど付き合っていたがそれから半年ほどして別れた。この話が原因ではないが、終わりの始まりだったことは間違いない。
私はこの時、蛙化現象と世の中には知らなくていいこともあるという、二つの強力な人生の学びを得た。
今の旦那に、あなたの秘密を教えてと切り出したことはない。