二番目でもいいなんて嘘だ。
ほんとうはずっと一番がよかった。
でもそれを口にしてしまえば、わたしは二番目にも居ることは出来なくなるのだろう、と思ったらなにひとつ動けなくなってしまった。わたしはずっと、臆病者だ。
それでも。それでもさ。
見るなら、泣き顔より、笑顔がよかった。
「――大丈夫だよ。ぜったい、大丈夫」
その手を握った。こわいのだろう、おそろしいのだろう。一番大切なひとを失うかもしれない、そんな恐怖を一身に浴びているのだろう。
「信じて、待とう?」
それが少しでも和らぐならいい。わたしがそばにいることで、辛さが軽くなるのならいい。その瞳が、いまのあなたのこころが、わたしをうつしていなくても。
「そばにいるから」
臆病者なのだ。ずっと、わたしは。
/やるせない気持ち
「太陽って言うと、きみを思い出すんだよね」
「脈絡がないな。そんな壮大なものをおれに例えないでください」
「まあ聞いてよ。だってきみとずっと一緒にいると――、とけちゃいそうなんだよ」
そう言ってはにかんだ先輩こそ、おれにとっては太陽のように思えるのだと、そんなことを言ったら困るのだろうか。
「……勝手にとけないでくださいよ。とけられたら、困ります」
発した声は自分でも思ったよりふてくされていた。先輩はハハ、と快活にわらってみせた。
「きみしだいだよ。後輩クン」
/太陽
彼女はここではないどこかについて空想し、それを言語化する能力に非常に長けていた。ぼくは毎日のようにそれらの事について聞かされ、時には笑い、時には呆れ、時にはあまりにも馬鹿馬鹿しくて聞くに耐えなかったりと、様々だった。それでも彼女の話を、毎日聞き続けていたのは。それは。
ある日、彼女が事故で死んだ。
死んだ、とニュースで報道された。
遺体が見つかっていない、とアナウンサーが言っていた。
海沿いの道路。その道を歩いていた彼女は居眠り運転をしていた車に跳ね飛ばされ、そのまま海に落ちてしまったのだと言う。ドライブレコーダーがそれらを記録していたらしい。
だけれど、見つからないのだ。彼女の遺体が。いくら海の中を捜索しても。周辺をあまねく調べてみても。確かに彼女の血痕が車に残っているのに、DNAだって一致しているのに。彼女の遺体だけが、どこにも見つからないのだと。
そこでぼくは納得した。彼女は死んだのでは無い。理想郷へ行ったのだ。彼女が毎日のように話していた、ここではないどこかへ。
ぼくは笑った。
「ひどいやつだな、おまえは」
なんでぼくも連れてってくれなかったんだよ。あんなにおまえの話を聞いていたのに。相槌だってたくさん打って、どんなに馬鹿馬鹿しくても、途中で切ったりなんてしなかったのに。薄情者。薄情者。
「おいていくなよ」
おまえの話を聞き続けていたのは。
それは。
それは。
/理想郷
きみの香りがした。正しくは、きみと似たような香りがした。思わず振り返る。雑踏のなか、そこにきみの姿は無かった。当たり前だ。無いと分かっていたのに、探した。ふ、とこぼした息は諦めだったのか、安堵だったのか。分からなかった。分かりたくなかった。やめたかったんだ、本当は。こんな風に日常の至るところで、きみを懐かしく思うことなんて。やめたいんだ、もう忘れたいんだ、きみを。きみのことを。
「――」
言葉にならなかった声は、きみと似たような香りと共に、雑踏のなかに消えていった。
/懐かしく思う
夢を見る。夢を見るのだ。眼鏡を外して、髪色も明るくて、全く着たことのないひらひらな服に目を包んで、外に飛び出していく自分の姿。ああ、あれは。きっともうひとりの私なのだろう。一度や二度であれば空想の延長線かとも思ったが、こうも何度も見てはそう思わざるを得なかった。もうひとりの私。もうひとつの人生。もうひとつの物語。今日もその夢の中、背中を見るばかりだった“私”が私に振り返る。
「あなたは、私?」
私は笑った。どんなふうに笑えていたかは、それこそ“私”だけが知っていた。
/もう一つの物語