title:正直
心は常にふたつある。
それはそれ、これはこれ。
それはそれ、これはこれ。
ガラスのシェードにほこりがつもり、すりガラスのようなやわらかなひかり
キィ…、ガサッ
ドアを足で止めつつ、ぎっしり詰まったゴミ袋を手繰り寄せる。一息ついて、外へ出た。
都心の夜はぼんやりと暗い。アパートの電灯はひっそりと灯り、湿度の高い空気は汗をかきそうで、袋を出したらすぐ戻ろう、そう思った。
ゴミ袋の中には、定期的に現れる断捨離心の犠牲者―洋服―たちが入っている。
「う…よいしょ!」
ガゴコンッ
スムーズとは言えないゴミ集積箱の蓋を閉めて、玄関までの短い道程をぺたぺたと歩く。ふと、甘い香りが鼻をかすめた。
(…あぁ、なんだっけ)
思い出せず帰り、消灯したまま寝室の窓を開けた。部屋が暗いせいで外の景色が綺麗に映る。
網戸越しに深呼吸すると、先程と同じ香りで肺が満たされて心地よかった。
甘く、濃く、重たい、近所をゆったりと包み込み芳香している。この香りの主をはっきりと思い出した。
(…クチナシだ)
咲くには少し早いようにも思ったが、今日の暑さで花も前のめりになったのかもしれない。
壁に寄せた体が穏やかに呼吸を繰り返す。外は静かで、どこかの洗濯機音だけが聞こえている。
title「真夜中」
推してるYouTuberがいる。
楽しそうにゲームをプレイしている動画を見るだけで心の潤いは海のごとく。仲よくしている別のYouTuberの動画も拝見し、SNSを閲覧、グッズが出れば確保する。受注生産ならば同じアイテムを3つ(実用・鑑賞用・保存用を)購入することだってある!なんて素晴らしい日々だろう!!
指を折って数えると、もう11年心の支えにしているようだが、私は1度もドームライブに行ったことがない。同じ空気を吸ったら死ぬと思っているからだ。彼を肉眼で捉えた瞬間私の目は潰れるだろう。もちろんファンレターで思いを綴ることも、SNSでのリプライなどは絶対にできない。認知されたら私は塵となり、近くの人の肺を不本意に傷つけてしまうからだ。
愛あるが故にできないものは確かにある。お分かりですね?
title「愛があれば何でもできる?」
小学校に上がるか上がらないかの頃、私は高熱を出して入院することになった。扁桃腺が大きいので切除することになったのだ。子供病棟では女の子の友達も出来てホームシックは少なかったが、母は頻繁に見舞いに来てくれていた。
術後まもなく、母がみかんの缶詰めを持ってきた。私の大好物だ。この頃、好きな食べ物ランキング上位はフルーツ類で埋まっていた。蓋を開け、小さなフォークで食べさせてくれた、口の中に甘いシロップとぷるぷるとした冷たい酸味が広がる。飲み込もうとした瞬間、喉が傷んだ。
「そっか、染みちゃうよね」
母はみかんにラップをかけると、病室の小さな冷蔵庫に閉まった。それきり開けられることのないまま私は退院した。
title「後悔」