西の護符屋

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7/12/2024, 3:33:38 AM

 ネトゲで出会った友人であり、アパートの隣人であるイツヤは、いつも語尾に感嘆符をつけて喋るような人間だった。明るいが考え無しで、行動力はあるがせっかちで、LINEはメッセージより通話を好んだし、たまに送られてくる文面は単文が羅列され、翻訳中の外国語のようだった。
 そんなイツヤから俺に珍しく単文でないLINEが一件来た。

しばらく帰れん!お宝処分よろ!引き出し二段目!家の机!鍵番0528!元気!しばいたら帰る!

 色々とツッコミどころが多過ぎる。俺は眉間を解しながら矢継ぎ早に返信を打った。

                今どこにいるんだ?
       語尾が勢い良過ぎる自覚あったんだな。
                 何をしばくんだ。
     俺お前の家行って不法侵入で捕まらんよな?
              いつ帰ってくるんだよ。
   帰り次第、鍵の番号をわかりにくいのに変えろ。

 色々と尋ねたいのに全く既読がつかない。
 半日待って変わらない画面を確認した俺は重い腰を上げた。俺達が住んでいるこのアパートでは、数字の暗号鍵でも、普通鍵をかけていない場合のみ開錠できるようになっている。

(い…つ…や…)

0528と入力して隣の部屋を開錠する。おそるおそるお邪魔した部屋は、全てがやりかけで終わっているような有様だった。     米粒のついた茶碗。半分だけ開いたカーテン。片方だけ部屋の真ん中にあるスリッパ。頑張ってそれらを無視して、イツヤが指定した「お宝」を確保した俺は深いため息をついた。
 ケモ耳の娘がミミズのようなものに囚われている表紙のソレやアレを濃紺の袋に入れて厳重に封をする。

           オマエのお宝は俺が預かった。
           俺の趣味と疑われたくねぇわ。
        さっさと、しばき倒して帰ってこい。

 既読のつかないLINEに追加で送る。

        何お前、魔王でも倒しに行ってんの。

 流石に、送った後にすぐに消去する。
 しかしイツヤなら、今流行りの異世界転移とやらをしても、ケモ耳の女の子に囲まれて大喜びしながら最短で問題を解決してくるだろう。

(いやまさか…まさか、な。イツヤの好きな展開に影響されすぎ。)

 結局、だ。

 イツヤがWi-Fi設備の壊れた遠洋漁業船から、冷凍マグロの写真を片手に帰ってきたのは数ヶ月後。

「重要なことが抜けてるわっ!
変な言い方すんじゃねぇ!
何よりてめえの性癖の変な布教をすんじゃねぇっ!」

 イツヤに対する俺の言葉全てにしばらく感嘆符がついたのは仕方がないと思う。
 あー!もー!おかえりっ!

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 フィクション。その後連絡がつかなくなった相手からのメッセージは気になるだろうなと思って作りました。多分マグロはしばいて獲りません。

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 調べたら遠洋漁業船は今ほぼWi-Fiついてるし、バイトは無くて正社員だし、思い付いたは良いけど本当は割と詰んだ設定でしたね。10年くらい前ならありなのかもしれない。
 ただ、明るくてサッパリした性格のイツヤは、ネトゲで廃課金者なので勢いで漁師さんになっても良いかもしれない。ただし一本釣り猟法は2時間とかかかる我慢比べでもあるらしいので、無理だな。
 在宅ワーカーな「俺」はコツコツが得意なツッコミ役だけどイツヤみたいな明るいぐいぐい系の人になんだかんだ救われる人。
 久しぶりの友へのLINEを送ることができる人がイツヤで、受け取って返信内容に悩むのが「俺」かな。
 …これを小説内に盛り込むんだよ!(反省会)

7/11/2024, 1:06:47 AM

 好きな人の写真を枕の下に置いて寝ると、その人が夢に出てくるよ♡という女児向けのおまじないを、皆様は試したことはあるだろうか。
 私は、ある。
 当時好きだったアイドルの雑誌の切り抜きを丁寧にハードケースに入れて、丁寧に枕の下に置き、これまた丁寧に髪をブローして、なんならお気に入りの香水をシュッとかけて、寝た。

 しかして、夢は、見た。

 ただし、鳥の着ぐるみを着た私が、推しにチュンチュカ囀られながらハリセンでしばかれる夢を。

「せめて、日本語を喋って欲しかったな。」
 
 目が覚めると、網戸の外で鳥は囀り、枕から大きくズレていたハードケースが覗いていた。切り抜いた雑誌の裏は人気芸人だった。

 そのアイドルがドラマでシリアスに涙を流すシーンを見ながら、どうしてもその夢を思い出す私。残念ながら幸せな擬似恋から目が醒めるのには、そう時間はかからなかった。

 おまじないはお呪いと書くのだと、まだ知らない頃の私の話。
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フィクション。夢で擬似恋に気付くこともあれば、逆もあるかと思いまして。
後なるべく、どうでもいい話を書いてみたかったのです。
チュンチュカ チュンチュカ チュン!!

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目が覚める、迷いから覚める
酔いが醒める、覚醒
味噌汁が冷める、ほとぼりが冷める

 恋の場合はどれが正解か悩みましたが、欠点を見つけて嫌いになった時は恋から冷めるだけど、アイドルへの擬似恋だと、酒から醒めた場合と似てるかなと思い醒めるにしました。
 酒と推しは百薬の長。

 醒は、酒器と澄み渡った星空が合わさって清と同じ読みと意味になった漢字。物語性を感じる成り立ちですね。

7/9/2024, 11:49:31 AM

今日も君が生きている。無事に帰ってきた。
ありがとう。おはよう。いってらっしゃい。
ただいま。おかえり。ありがとう。おやすみ。

私の当たり前であって欲しくて
当たり前ではないと頭ではわかっていること。

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 私の当たり前は、他人にとっての当たり前ではないし、未来の私にとっても、時に当たり前ではない。例えば、人を殺さないことは私にとって当たり前だが、相手が自分や大切な人を害そうとしている状況でとか将来絶対あり得ないとも言えないし、私の不要な一言や行動が、誰かを意図せず追い詰めることはあるだろう。もしくは知らないだけで既に追い詰めている可能性すらある。
 その前提で、誰かが見ていなくても、私が自分を好きでいるために当たり前にしたいことは、たくさんある。
 「したいこと」は、他人ができていなくても腹は立たない代わりに、当たり前に求められると腹が立つこともあるから難儀なんですけどね

7/8/2024, 11:51:31 AM

帰り道 眼鏡外せば 万華鏡
イヤホンをして 思い出す息

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 近視乱視と長年仲良くしているため、眼鏡やコンタクトが欠かせません。うどんやラーメンで曇るし、コンタクトは充血して火星人みたいになるし、外せばやたらと目つきの悪い人になるし、視力は良いに越したことはないのですが、ただ一点好きな時があります。
 仕事に、人間関係に、あるいは自分に疲れた帰り道、街の明かりを見て、あの明かりの下には自分より立派な人がとか、あの店の営業方法はとか、仲良さそうに歩く人々とか、余計な感情に巻き込まれそうになった時は、眼鏡をそっと外します。
 ピントを失った私の視界は、無機質な街の明かりさえ、ボヤけて水玉の万華鏡のよう。ネズミーランドのエレクトリカルパレードの中を歩く気分で帰路に着けるから、その時ばかりは、私目が悪くて良かったなと思うのでした。

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 ネオンガスによるネオンライトが絶滅危惧種になっても、LED ネオンライトとして名前が残ってるんですね。ちょっと良いな。

7/7/2024, 11:10:51 PM

月舟の無き天の川 鳴くカササギ
縮まらぬ距離に 願いの橋かける
明け方の空に 瞬き消えゆ 約束の星

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 幼い頃、織姫の星と彦星の星は本当に少し近づいてみえる天体ショーがあるのかと思っていました。
 そんな事は一切ないと知った大人の今、天体的には何も無いのに、形を変え色んな行事やお話をごちゃ混ぜにしながらも万葉集の昔から百人一首を経て現代まで続く七夕の凄さを改めて思うのです。
 
 昨夜は晴れの熱帯夜。舟にする(日本)には心許ない二日月。天の川が氾濫すればカササギが橋をかけてくれる話(中国)もあるけれど、星がよく見えない我が家からは心許ない瞬きの白鳥座。
 ところで、フィンランドには、死後星となり空で分かたれた愛し合う夫婦が、会うために星屑を集めて光の橋(天の川)を自分達でかけて、やがてシリウスで落ち合う話があるそうな。私はそれが良いな。愛する努力が美しいし、冬の星であるシリウスは今は明け方にしか見えないけれど、強く輝いてくれるから。
 それに、月の舟は8月10日の「伝統的七夕の日」(旧暦の七夕?で毎年国立天文台が定めてる)には丈夫な底の厚さで出港するかもしれないですしね。

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メモ
・フィンランドの話はザカリウス・トペリウスさんの著作、Linnunrata(天の川)から。19世紀の人らしいから、結構新しい。民間伝承が元かとか、本当にアルタイルとベガの話なのかは不明。
・万葉集の七夕の歌を読んで知ったのですが、旧暦の七夕は立秋後のため、七夕も天の川も秋の季語。ついでに朝顔も秋の季語。言うて今でも8月。先の季節を楽しみにするご先祖さん達。
・カササギの渡す橋の話は、七夕の元になった裁縫芸事が巧みになることを乞うて物を供えて祭る(奠)中国の星祭り乞巧奠(きっこうでん)から。天帝の娘織女と牽牛の二星が結婚するも仕事しないから天帝から天の川で引き離されて年一で会うことになる話。実父怖い。
 と思ったら織女の母たる西王母によるパターンもあった。織女の羽衣隠した牽牛が織女と結ばれるも、西王母に織女取り返されたから牛の皮被って天界について行こうとしたら途中で気付かれて、簪で間を引き裂かれたら天の川になったという話。ここでも最後白鵲が一年に一度橋を渡す。実母も怖い。
・日本にカササギ基本居ないからか、東向きの白鳥座概念なかったからか、通い婚時代だったからか、万葉集では月を舟に彦星から乙姫に西へ向かってるのが多数派。彦星が乗った月の状態か月の擬人化か、月人壮士(つきひとおとこ)とも。
・タナバタは棚機という立体的な当時の高級織機とそれを織ることができる渡来人の職人さんを手に入れることが神様にもその役割の人がいる(古事記等)くらい権力の象徴であって、職人が女性の場合タナバタツメというところから、織女と混ざった説が一番腑に落ちた。
・室町時代の「天稚彦草子」による七夕伝説は面白い。古事記の恋愛に溺れ地上平定の仕事を忘れて、催促の神使の雉子を射殺したらその返し矢で逆に殺された美男な神様アメノワカヒコがキャラモチーフ。実は大蛇に擬態していた海龍王で、大蛇に贄にされた娘と結婚する。天に仕事に行った夫を追いかける娘。天若子の父は義娘を認めず害しようとするが生き残り1ヶ月に一度の逢瀬を認め天の川作る。娘聞き間違えて一年に一度になる。義父も怖い。
・七夕に素麺食べるのは星とは関係ない疫病退散のお話から。健康祈願で小1に西瓜贈ったり、七夕の翌日に禊して仕事しようとしたり、知らなかった民間の風習や昔話がどっさりある七夕。単なるメモのつもりがおーわーらーねー。これくらいにしとこう。
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まれの逢瀬に 見る余裕なき願い事
2人の、世界の、自分の、あなたの
幸せを祈る 大合唱する 我等星々

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