木枯らしが吹く季節が好き。
春は花で、夏は緑で、秋は紅葉で、華やかに飾り立てられる木々が、丸裸になるのが好き。
素のまんまって感じで魅力的じゃない?
人間たちが首をすくめるようにして縮こまって歩くようになるのと裏腹に、何も無くなってもその身一つでスッと立ち続ける姿が素敵。
今年もこの季節がやってきた。
いつもよりピンと背筋を伸ばして歩く。
うん、あなたも私もとっても素敵。
『木枯らし』
今日という日は最悪な一日だった。
まず朝。休日だというのに仕事のある日と同じ時間にアラームをセットしてしまった。いつもより早起きして充実した休日のスタートにしても良し、寝坊をしてゆっくり英気を養う休日のスタートにしても良し、そんな日のはずだった。…なのに起きたのは。
次は朝ごはんのとき。時間設定を間違えたのか、電子レンジの中でマグカップに入れた牛乳が派手に吹きこぼれた。布巾で急いで拭いながら、牛乳のついた布って臭くなるんだよな、他の洗濯物と一緒にはできないから別で念入りに手洗いしないと、と考えたらちょっぴり落ち込んだ。
朝から地味にダメージを受けることが続いたので、今日は厄日になるかもしれない。外出はせずに1日家で過ごそう。そう思った。
少し経って昼過ぎ。今日は好きなアーティストの数量限定グッズが発売される日だった。人気のグループなので、数量限定ともなれば戦争。発売開始時間よりだいぶ前から準備をしなければならなかった。
勝つぞ!と意気込んで早めにサイトにアクセスしたら、お目当てのものにはSOLD OUTの真っ赤な文字が。なんという凡ミス。ありえない。発売日は昨日だったのだ。これはあまりにもショックすぎた。今日が厄日だということが確定した瞬間だった。
そして今。流石にこれ以上のことはもう起きないだろうと、せめて終わりこそは穏やかにと浴槽にたっぷりのお湯を溜めた、はずだった。風呂場に入ったそのとき、浴槽の中はあまり考えないようにしていた今日1日の散々な出来事を強制的に思い出させる状態になっていた。
ああもう、一体全体どうしてこんな目に!ヤケクソで空の浴槽の縁に足をかけた。
『どうして』
「十で神童十五で才子二十越えればただの人」
今日私は18歳を迎えた。ことわざの通りに、10歳の頃には「神童」と、15の頃には「才子」と褒められたものだ。
最初こそ大人たちにこぞって褒められ嬉しかったものの、時が経つにつれてその言葉は重荷に変わっていった。同世代からの賞賛や感嘆の素直な声も、いつの間にか羨望や嫉妬など色んな感情がごちゃ混ぜになった声へと変わった。
「ただの人」まであと2年。私は早く「ただの人」になりたい。自分の才能が、徐々に凡人の枠に沈んでいく自覚があった。だからこそ周囲から向けられる期待が、感情が、とてつもなく重たく苦しかった。
けれどもいざ自分の才能を前にした時、普段感じる重さが、苦しさが、消え失せてしまうのだ。その度に、あぁ、私はこの才能がどうしようもなく大好きなのだ。この気持ちさえあればもしかしたら、そう思ってしまう。
でもやっぱり、私が「ただの人」になることはこちらが望もうと望むまいと避けられないのだろう。ならば「ただの人」になるその時までは、淡い夢を見ていたい。
『夢を見てたい』
「前に気になってるって言ってたやつとは最近どうなの。」
「全然、なーんにも進展なし。いざ近くにいくとなんて話しかけたらいいかわかんなくなっちゃう。」
「そんなの、勢いだよ勢い。内容なんかどうだっていいんだよ。」
「それが難しいから進展ないんじゃん〜」
「次英単語の小テストあるよね、勉強した?」
「全然。やばい。」
「とか言っていつも私より点数いいんだもんなぁ、ま、ギリ赤点回避レベルだけど。」
「争うレベル低すぎな。」
「それな。」
「今日の放課後駅前のカフェ寄ってこ!パンケーキ食べたい!」
「え〜最近太ったし…」
「私は今月財布がやばい。火の車。」
「2人してそんなこと言わないでよ〜ほらここに、割引券があります!あと今月から新作でグルテンフリーのヘルシーパンケーキが!さあさあ!」
「「…行くか〜」」
願わくば、このくだらない時間を、このキラキラと輝く瞬間を、ずっとこのまま。
『ずっとこのまま』
寒い冬こそ冷たいものが食べたくなる。
世間でよく言われるのはアイスクリームだろうか。暖かくした部屋で冷たいものを食べることが、なんだかいけないことをしている気分になってクセになる人が多いらしい。
でも私の場合は冷たいビール。広い空の下の狭いベランダの中で、寒い、寒いと言いながら冷たい液体を身体に流し込むのだ。別に凍えたいわけではない。
冷たい空気の中で、冷たい液体を取り入れる。ぷはっと一息ついて、冷たい息を吐き出す。
その一連の動作が、冬とひとつになるような、不思議な感覚になって気持ちがいいと思うのだけれど、残念ながら賛同してくれる人はまだいない。
変わっているなと自分でも思うので、いつも1人でその感覚を味わっている。
だから今晩も缶ビールが1本入ったビニール袋を右手に下げて、コンビニの自動ドアをくぐる。
あーあ、寒さが身に染みるわ。
『寒さが身に染みる』