"脳裏"
ああまたこれか。もう何度この状況になったか覚えていないが、こうも何度も同じ状況に陥ると流石に此処が夢の中であることぐらいは瞬時に理解する。
この夢は必ず俺が包丁を握りしめた状態で始まる。俺が体を動かそうとしてもびくともしないのに、体は勝手に行きたい方向とは真逆へと歩いていく。
だめだ、そっちはだめなんだ!!
そんな思いとは裏腹に足は動き続ける。やがて突き当りまで来るとそこには妹が立っていた。
…ああ、やっぱり。
俺は包丁を振り上げると妹に突き立てた。俺の意思とは関係なく動く体を止めることはできない。それは何度も経験して理解しているのに抗うことはやめられない。せめて目だけでも閉じたいと思うがそれすら叶わず、無抵抗の妹を何度も何度も刺し続けていく。
もう、もうやめてくれ…。充分バツは受けただろう。まだ許してもらえないのか。
『許される時なんて一生来ないんだよ、お兄ちゃん。これから先もずっと自分の犯した罪を抱えて生きていくの。』
ふと妹の声が聞こえた気がしてハッとすると、未だ刺され続けている妹は歪んだ笑みを浮かべていた。
『マタネ』
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…………。
気づけば自分のベッドの上だった。やはり夢であることに違いはないのだ。しかし妹のあの歪んだ笑みははっきりと脳裏に焼き付いている。
もうすぐ妹の初月忌。これからもきっと俺は妹を殺し続けるのだろう。これは終わることのないバツなのだから。
"意味がないこと"
「ふわ〜あ」
ひとつ大きなあくびをする。体が少し大きくなった。今日もただ風に流されるだけの一日。でも最近は少し暖かくなってきた気がする。
'ビュウ〜'
その時、一際冷たい風が吹いた。やはりまだ少し肌寒い。そういえばこの前見かけたあの子はこんな時体を震わせていたな。真似してみようか。
'ブルブル ブルブル'
うーん…、まあ、悪くはない。でも、何でなんの意味もない動きをあの子はしていたんだろう。そういえばこの前見かけたあの子は偶に下を見ていたな。真似してみようか。
………。…なるほど、僕達がいる意味は…
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最近やっと冬が終わって春が感じられるようになった。
それでもまだ風は冷たい。
その時、突然雨が降り出した。
ああ、なんて運の悪い…。今日は雨の確率10%以下だったじゃないか。
雨が降ったのは一瞬だったが、それでもスブ濡れになるには十分の降雨量だった。
俺は思わず空を睨みつける。
この雨を降らせたのは、あの雲か。
"あなたとわたし"
あなたは光 わたしは影
あなたは動 わたしは止
あなたは温 わたしは冷
あなたは"生" わたしは"死"
正反対に見えて同じかもしれない。
疎まれること、悲しませることが多い私でも、いつかあなたのようになれるでしょうか。
幸せにすること、笑顔にさせることが多いあなたでも、私のようになることがあるのでしょうか。
あなたがいるからわたしがいて、わたしがいるからあなたがいる。のかもしれない。
わたしはここにいます。また、泣かせてしまいました。でもこの子には泣いてくれる方がいたのですね。
あなたはどこにいますか。また、笑顔にできていますか。わたしがその子のもとへ行ったとき泣いてくれる方がいることを願います。
"柔らかい雨"
「人間風情が…」思わずそんな言葉をこぼしてしまった。
ああ、ああ、こんなにもきれいな山を汚い足で踏み荒らしおって。雑草という草はない、と言っていた人間も確か少し前までいた気がしたのだが…。
踏み倒された一輪の花に自身の霊力を少しばかり注いでいく。しかしなんとか体を起こすことができるようになったものの花はしおれたままだ。ここ最近雨が少なかった影響だろう。どうしたものか。
「よお、白面金毛九尾の狐♪」
後ろから声がした。振り返らずとも声の正体なぞわかりきったものだが。
「…天狗か。貴様にそう呼ばれても皮肉にしか聞こえぬ。」
「何だよ、つれねえな。で?まぁた花助けてんの?飽きないねえ」
天狗は器用に木の枝から枝へと跳び移って近寄ると、先程まで見ていた花を覗き込む。
「ふーん、あれ?でもしおれちゃってんじゃん。」
「ああ、しばらくは雨も少なかったからな。」
自然の物は自然のままにしておくのが良いのだろうが、人間どもに踏み倒されてしまったこの花にぐらい慈悲を与えても構わないだろう。しかし…本当にどうしたものか。狐の霊力では雨を降らせることなど不可能………いや、それが可能なやつがここにいるではないか。
「おい、天狗。貴様、確か我に借りがあったな。」
「はぁ?おいおい、いつの話だよ、そりゃあ」
「283年前だな。貴様に幻術をかけてやっただろう。」
「ああ〜…そんなことがあった、ような?相変わらず化け物並みの記憶力だな。」
「化け物だからな。そこで、貴様に借りを返す絶好のチャンスを与えてやろう。」
「『雲を呼べ』だろ?しょうがねえな。」
天狗は気怠げに羽団扇を取り出すと空に向かって振り上げた。
少しの間空を見上げていると一粒、また一粒と水滴が土へ染み込んでいく。あいつが降らせた雨を讃えるのは癪だが、ここらの植物には甘露の雨となるだろう。
"一筋の光"
あれはいつのことだったろうか。もう思い出すこともできないほど遠い昔、暗闇を一人彷徨っていた。自身の指先までがギリギリ視認できる範囲だ。
暗い、寒い、何も聞こえない。ここはどこなのか。どれだけ歩いても何かに当たることはなく、何かが見えるようになることもない。もう動く気力は尽きてしまった。その場に横たわり、自身を包み込む闇に溶けていく。あぁ、動くことを諦めるのは、思考を放棄するのはこんなにも楽なのか。いっそこのまま、、、このまま、
キエテシマエバイイノニ
気づけば自身の腕すら見えなくなっていた。
その時、遠くの方に一筋の光が指していることに気付いた。疲れ果てたこの体で移動するには気の遠くなるほどの距離だろう。それでも動くことを諦めるより、思考を放棄するより、光の正体を見てみたいと思ってしまった。一度そう思ってしまえば、夢を見てしまえば、諦めることなど到底できなくて。これからも私は歩き、それができなければ這ってでも光に向かっていくほかないのだろう。