"君の背中"
(ああ、君も俺を置いていくんだな。)
この風景をもう何度見たことだろう。最初は俺を支えると言ってそばにいてくれた人たちも皆、進めない俺に見切りをつけて去っていった。過去のトラウマをいつまでも引きずって変われない俺は、去っていく君の背中をただ黙って見つめる。引き止めはしない。できるはずがない。引き止める資格など持ち合わせていない。期待した俺がいけなかったのだ。俺を支え続けてくれる人などいないだろう。真偽はどうあれ俺は世間的には出所した犯罪者なのだ。
ああ、でも、俺はまた誰かの手を取ってしまう。今度こそ俺を信じてくれると期待して、少しも疑いもせず。俺を信じてくれる人などいやしないのに。
"遠く...."
あの頃は環境を変えることで自分も変われると思っていた。もっと遠く、此処とは全く違う場所に行けば全く違う自分になれる。本気でそう信じていた。
でも、私は知ってしまった。あの日、あの時、夢のような体験で気づいてしまったのだった。
いつのことだったか、正確に思い出すには時間が経ちすぎた。しかしまあ、恐らく小学生ぐらいだったろう。いつかの夏、私はそれまでの人生で経験したことのない大冒険をした。何の変哲もない日常、変わらない自分、変化がないことに嫌気が差した私は何を思ったか一人で旅にでた。まあ、小学生の旅など高が知れている。その時住んでいた家の近所には少し大きめの林があって、その林を抜けた先の別世界へと行こうとしていたのである。林の中で過ごす日々はまさに非日常であり、私は林の先の世界の妄想を膨らませていった。
林の中で見つけた木苺を食べた次の日、林の中の植物の声が聞こえるようになっていた。それから数日経ち、運良く川で小魚を捕まえた私はその晩焼いて食べた。次の日には川の生き物の声が聞こえた。どうやら食べたものに関わる生き物の声が聞こえるらしい。動物の声も聞きたくなった私は苦労して一匹のウサギを手に入れた。だが食べ方がわからない。殺してしまったウサギを前にして表しようのない焦燥感に駆られた。私は後先考えず、ただ動物の声を聞きたいという勝手な思いで一つの命を奪っていた。自分の取り返しのつかない行動を自覚した時、森中の動植物の声が聞こえた。気がした。すべての声が私を責め立てているように聞こえ、正気を失った私は一心不乱に森の中を走った。突如として開けた場所に出て、よく見ると林を抜けたようだった。
あんなに待ち望んだ林の向こうの別世界は確かに私の知らない世界に変わりはなかったが、そこは異世界でもなんでも無くただの知らない街だった。何ら変わりない風景、お店の看板が違うだけの、私がこれまで生きてきた世界だった。
夢のような、非現実的な体験だった。森の生き物の声を聞いたあの不思議な数日間は未だに覚えている。林を抜けた私は我に返って近くに見えた交番へ向かい、迷子になったと伝えた。数時間後母が迎えに来て、私の大冒険は幕を下ろした。数日間過ごしたはずなのにもかかわらず、日付は出かけた日のままだった。あの体験が本当のことだったのか、はたまたただの夢だったのか、私には判断できないが、しかし私はあの体験で、環境を変えたところで変われることなど無いのだと知った。環境が変わろうが、私が私を変えない限り私は私のままである。それが小学生のあの日得た学びだった。
"静かな夜明け"
日が昇らなくなった世界。暗闇の世界。
これは私が昔ひいおじいちゃんに聞いたお話。
昔々、ある日突然いつも通りの日常が崩れたらしい。
この世界はそれまで毎日おひさまという明るい星が昇っていた。それが普通で、それが日常だった。おひさまが昇ることで一日が始まり、おひさまが沈むことで一日が終わる。私には想像もできないが、おひさまというのは世界を明るく照らし、おひさまが昇っているうちは明かりをつけなくても良いらしい。そんなおひさまがある日突然昇ってこなくなった。前日、いつも通り沈んでいったおひさまはどこかへ消えてしまったのだ。世界中が大騒ぎして、様々な人が原因を探った。しかしどんなに賢い先生も、どんなに偉いお国の人も、どんなに聡明な学者さんも、誰一人として原因を見つけることはできず、解決もできなかった。
それでも人々は暗闇の世界へと適応していった。暗いのなら明かりを作って灯せばいい。一日の基準がないのなら世界で定め統一すればいい。明るいことが日常であった世界から、暗いことが日常の世界となった。そうして、もともと明るい世界であったことすら忘れられるほどの時が過ぎていった。
ずっとただのおとぎ話だと思っていたのに、本当の話だったらしい。私が生まれたときから真っ暗だった世界に、ある日突然一筋の光が指した。光は瞬く間に広がっていき、この世界を包み込む。静かに降り注ぐ光のカーテンに人々は声も出せず、ただひたすらに眺めていた。ながいながい夜が明けた瞬間だった。
私はこの瞬間がいかに綺麗だったか、子や孫ができたら聞かせてあげようと思う。
"heart to heart"
下劣な嘘つき、醜い道化師、下卑たピエロ、低俗な怪物、、、。
昔親友に浴びせられた言葉。
私の特技は仮面を被ること。相手にとって最適な仮面をオーダーメイドで作り、作った仮面で自分を操る。歩きにくいこの世界に道を作る魔法の道具。
「心から接して会話をすればどんな人ともわかり合える。」
これが親友の口癖であり、夢だった。
「そうだね、本音を話すのは大事」
これが私の受け答えであり、夢を壊さないための夢だった。
ある日、小さい頃からの親友に仮面を変える瞬間を見られてしまったとき、蔑みの目線を向けられ、様々な、恐らく親友がその時点で知っていた暴言すべてを私に向け放たれた。それ以降の交流は無くなったのだが、私はそのすべての言葉を一生忘れないだろう。
嘘つきであること。道化師であること。ピエロであること。怪物であること。一般的な人から私はそのように見られることを自覚して生きていく。
決して誰かの夢を壊さないよう、決して誰かが私と関わることで不利益を生まないよう、今日も細心の注意を払って仮面を作り、付け替える。これが私の生き方。
"泣かないで"
「泣かないで」
そう言っても君はきっと泣いてくれるんだろうね。
僕はとても恵まれていたよ。
僕が死んだ時泣いてくれるような、君という人がそばにいるのだから。
でも、ごめんね。僕はもうこの世界にいられないから。君をひとりおいていくのはとても心苦しいけれど、許してくれるかい?
感謝していること、謝りたいこと、伝えたいことは色々あるんだけど、それを全て伝えるには時間が足りないだろうし余計に君を泣かせてしまいそうだからやめておくよ。
さあ、そろそろ行かなきゃね。
ばいばい、もし君も限界になったらいつでも待ってるから。
〜幸せな僕の適当な遺書〜