"泣かないで"
「泣かないで」
そう言っても君はきっと泣いてくれるんだろうね。
僕はとても恵まれていたよ。
僕が死んだ時泣いてくれるような、君という人がそばにいるのだから。
でも、ごめんね。僕はもうこの世界にいられないから。君をひとりおいていくのはとても心苦しいけれど、許してくれるかい?
感謝していること、謝りたいこと、伝えたいことは色々あるんだけど、それを全て伝えるには時間が足りないだろうし余計に君を泣かせてしまいそうだからやめておくよ。
さあ、そろそろ行かなきゃね。
ばいばい、もし君も限界になったらいつでも待ってるから。
〜幸せな僕の適当な遺書〜
"秋風"
わたしが住むこの森も最近ではすっかり真っ赤に染まり、秋が深まってきている。少し散歩をしようと玄関のドアをくぐると冷たい風が肌を撫でた。その想像よりも冷たい空気に思わず'ぶるり'と体を震わせる。その時一枚の楓の葉っぱが飛んできた。
『このはの森つうしん
〜冬ごもりのおしらせ〜
みなさん、こんにちは。段々とこのはの森も秋が深まってまいりましたね。もう冬ごもりに向けて貯蓄用のごはんやお布団の準備を始める時期となりました。くれぐれも準備を忘れないようにしましょう。
また、このはの森つうしんは春が来るまでおやすみとなります。
それではみなさん、心地よい冬ごもりを!』
大きくて真っ赤な楓の葉っぱには森のお知らせが書いてあった。
そうか、もうそんな時期なんだ。風も冷たくなるわけだ。ちょっと散歩するだけのつもりだったけどわたしも準備を始めようかな。森で一番大きいクヌギの木にどんぐりがいっぱいできてたな。もうそろそろ取り頃だろうから寄ってみよう。
わたしは大きな尻尾を揺らしながら森の広場へと歩いていった。
"飛べない翼"
ここはどこだろう。目の前にはとても大きな川が流れていて向こう岸にはきれいな花が咲き誇っている。確か私は…飛び降りたんだ。ということは、此処は所謂三途の川なのだろう。きっと向こう岸に渡ればいいんだな。よく、周りを見ると他にも何人か人がいて、背中についている翼で向こう岸へと渡っていく。それじゃあ私も、と羽ばたいてみるが体は一ミリたりとも浮かなかった。
あれ?これなにかコツとかあるの?
その後も何度か羽ばたいてみたが飛べそうな気配はない。周りの人はいとも簡単に向こう岸へ渡っていくというのに、なぜ。何度も何度も何度も、繰り返し羽ばたくが全く飛べなかった。
〜〜〜〜〜っ!やっと此処まで来たのに!!やっと終わりだと思ったのに!!此処まで来てなお終わることなど許さないと言うのか。
だんだん羽ばたき続ける力も尽きてくる。ああ、眠くなってきた。今寝たらどうなるのだろう…
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目を開けると見慣れない天井が見えた。…ああ、病院か。終われなかった。はぁ。もう生きるのも死ぬのも面倒くさい。神様、飛べない翼を授けた貴方を、私はしばらく恨みますね。
"ススキ"
わたしがいつも通る通学路にはススキでいっぱいの丘がある。最近は秋も深まってきて丘は淡い金色に染まっている。
「そういえばススキって中が空洞だから神様が宿ってるんだっけ?」
『ふふふ、流石にそこには入れないわね。ちょっと狭そうだもの。』
突然後ろから声が聞こえ、慌てて振り向くと息を呑むほど美しい女性が立っていた。淡い色の着物を身に纏い長い髪を揺らしながら近づいてくる。
『急に声をかけてしまってごめんなさいね。面白いことを言っていたものだからつい』
「えっと、、」
『あ、自己紹介がまだだったわね。私はあなた達の言う'神様'というものよ。この辺りの人たちは白葉様と呼ぶわね。ほら、あそこのお社に住んでいるの。』
女性はそう言うと丘の向こうにある小さな神社を指さした。いやそれより、今なんと言った?カミサマって、神様?疑問が多すぎて、考えていると思考が停止してしまった。
『あ、あら?どうしましょう、固まっちゃったわ。お〜い』
「あ、すみません。」
『ああ、良かった。別にいいのよ。こんなこと急に言われても信じがたいわよね。』
「いえ!お姉さんが嘘をついているとは思っていません!えっと、白葉様。」
『あら、お姉さんだなんて。嬉しくなっちゃうわ』
嬉しそうに顔をほころばせた白葉様はその後いろいろなことを聞いてきた。学校のこと、家族のこと、習い事のこと、趣味のこと、好きな植物のこと。気づけば日は沈み月が出ていた。
『名残惜しいけれど、そろそろ帰らないと家族が心配するわ。あなたの家族に迷惑をかけるわけにはいかないもの。』
「あ…あの、また会えますか?」
『そうね、私もまたお話したいのだけど、、色々と条件が揃わないとお社の外には出られないのよ。だから気が向いた時私のお社にいらっしゃい。お話はできなくてもあなたのことは見守っているから。次出られた時は私から会いに行くわ。」
白葉様がそう言った時強い風が吹き、思わず目を瞑る。次目を開いたときにはすでに彼女の姿は消えていた。
今でも時々思い出す、あの不思議な体験を。あの時共有した時間は私にとってかけがえのないものであり続けた。あれ以降白葉様が姿を表すことは一度もなかったが、思い出すたびにススキをお社に持っていった。
今日もススキを持ってお社を尋ねる。またあなたと出会えますように。
‐ススキ‐【Miscanthus sinensis】
花言葉「心が通じる」
"脳裏"
ああまたこれか。もう何度この状況になったか覚えていないが、こうも何度も同じ状況に陥ると流石に此処が夢の中であることぐらいは瞬時に理解する。
この夢は必ず俺が包丁を握りしめた状態で始まる。俺が体を動かそうとしてもびくともしないのに、体は勝手に行きたい方向とは真逆へと歩いていく。
だめだ、そっちはだめなんだ!!
そんな思いとは裏腹に足は動き続ける。やがて突き当りまで来るとそこには妹が立っていた。
…ああ、やっぱり。
俺は包丁を振り上げると妹に突き立てた。俺の意思とは関係なく動く体を止めることはできない。それは何度も経験して理解しているのに抗うことはやめられない。せめて目だけでも閉じたいと思うがそれすら叶わず、無抵抗の妹を何度も何度も刺し続けていく。
もう、もうやめてくれ…。充分バツは受けただろう。まだ許してもらえないのか。
『許される時なんて一生来ないんだよ、お兄ちゃん。これから先もずっと自分の犯した罪を抱えて生きていくの。』
ふと妹の声が聞こえた気がしてハッとすると、未だ刺され続けている妹は歪んだ笑みを浮かべていた。
『マタネ』
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…………。
気づけば自分のベッドの上だった。やはり夢であることに違いはないのだ。しかし妹のあの歪んだ笑みははっきりと脳裏に焼き付いている。
もうすぐ妹の初月忌。これからもきっと俺は妹を殺し続けるのだろう。これは終わることのないバツなのだから。