Shun

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"遠く...."

 あの頃は環境を変えることで自分も変われると思っていた。もっと遠く、此処とは全く違う場所に行けば全く違う自分になれる。本気でそう信じていた。
でも、私は知ってしまった。あの日、あの時、夢のような体験で気づいてしまったのだった。

 いつのことだったか、正確に思い出すには時間が経ちすぎた。しかしまあ、恐らく小学生ぐらいだったろう。いつかの夏、私はそれまでの人生で経験したことのない大冒険をした。何の変哲もない日常、変わらない自分、変化がないことに嫌気が差した私は何を思ったか一人で旅にでた。まあ、小学生の旅など高が知れている。その時住んでいた家の近所には少し大きめの林があって、その林を抜けた先の別世界へと行こうとしていたのである。林の中で過ごす日々はまさに非日常であり、私は林の先の世界の妄想を膨らませていった。
 林の中で見つけた木苺を食べた次の日、林の中の植物の声が聞こえるようになっていた。それから数日経ち、運良く川で小魚を捕まえた私はその晩焼いて食べた。次の日には川の生き物の声が聞こえた。どうやら食べたものに関わる生き物の声が聞こえるらしい。動物の声も聞きたくなった私は苦労して一匹のウサギを手に入れた。だが食べ方がわからない。殺してしまったウサギを前にして表しようのない焦燥感に駆られた。私は後先考えず、ただ動物の声を聞きたいという勝手な思いで一つの命を奪っていた。自分の取り返しのつかない行動を自覚した時、森中の動植物の声が聞こえた。気がした。すべての声が私を責め立てているように聞こえ、正気を失った私は一心不乱に森の中を走った。突如として開けた場所に出て、よく見ると林を抜けたようだった。
あんなに待ち望んだ林の向こうの別世界は確かに私の知らない世界に変わりはなかったが、そこは異世界でもなんでも無くただの知らない街だった。何ら変わりない風景、お店の看板が違うだけの、私がこれまで生きてきた世界だった。

 夢のような、非現実的な体験だった。森の生き物の声を聞いたあの不思議な数日間は未だに覚えている。林を抜けた私は我に返って近くに見えた交番へ向かい、迷子になったと伝えた。数時間後母が迎えに来て、私の大冒険は幕を下ろした。数日間過ごしたはずなのにもかかわらず、日付は出かけた日のままだった。あの体験が本当のことだったのか、はたまたただの夢だったのか、私には判断できないが、しかし私はあの体験で、環境を変えたところで変われることなど無いのだと知った。環境が変わろうが、私が私を変えない限り私は私のままである。それが小学生のあの日得た学びだった。

2/8/2025, 2:05:09 PM