"柔らかい雨"
「人間風情が…」思わずそんな言葉をこぼしてしまった。
ああ、ああ、こんなにもきれいな山を汚い足で踏み荒らしおって。雑草という草はない、と言っていた人間も確か少し前までいた気がしたのだが…。
踏み倒された一輪の花に自身の霊力を少しばかり注いでいく。しかしなんとか体を起こすことができるようになったものの花はしおれたままだ。ここ最近雨が少なかった影響だろう。どうしたものか。
「よお、白面金毛九尾の狐♪」
後ろから声がした。振り返らずとも声の正体なぞわかりきったものだが。
「…天狗か。貴様にそう呼ばれても皮肉にしか聞こえぬ。」
「何だよ、つれねえな。で?まぁた花助けてんの?飽きないねえ」
天狗は器用に木の枝から枝へと跳び移って近寄ると、先程まで見ていた花を覗き込む。
「ふーん、あれ?でもしおれちゃってんじゃん。」
「ああ、しばらくは雨も少なかったからな。」
自然の物は自然のままにしておくのが良いのだろうが、人間どもに踏み倒されてしまったこの花にぐらい慈悲を与えても構わないだろう。しかし…本当にどうしたものか。狐の霊力では雨を降らせることなど不可能………いや、それが可能なやつがここにいるではないか。
「おい、天狗。貴様、確か我に借りがあったな。」
「はぁ?おいおい、いつの話だよ、そりゃあ」
「283年前だな。貴様に幻術をかけてやっただろう。」
「ああ〜…そんなことがあった、ような?相変わらず化け物並みの記憶力だな。」
「化け物だからな。そこで、貴様に借りを返す絶好のチャンスを与えてやろう。」
「『雲を呼べ』だろ?しょうがねえな。」
天狗は気怠げに羽団扇を取り出すと空に向かって振り上げた。
少しの間空を見上げていると一粒、また一粒と水滴が土へ染み込んでいく。あいつが降らせた雨を讃えるのは癪だが、ここらの植物には甘露の雨となるだろう。
11/7/2024, 5:30:25 AM