「オレンジの帽子」
前日の晩から明け方に降った雪が、朝から元気いっぱいの太陽パワーでどんどん溶けていく。
木から、電線から、ボタボタと雪が落ちてくる。
小学校指定の帽子では心許ないのだろう。色とりどりのニット帽を冠った集団登校の小学生たちが歩いている。
その中のひとりの児童に、目が釘付けになった。
私が編んだ、オレンジをイメージした帽子を冠っている。
知り合いがやっているカフェの雑貨コーナーに置かせてもらったもので、先日売れたとメッセージが来たのだ。
ぴょこぴょこと落ち着きのない歩き方をする子だなぁ。
でも、たぶんあの子に合ってる。
今編んでいるのは、イチゴをイメージしている帽子。あと少しで完成する。
今日中に完成させて、次の休みの日にお店に持って行こう。
私は今日と今週末のスケジュールを調整し直した。
────帽子かぶって
「小さな一歩が大きすぎる」
「挨拶から始めてみればいいよ」なんて、あいつは言うけれど、それがどれほど勇気のいることか。
陽キャのあいつにはわからないのだろう。
席が近いというだけで挨拶していいのかな。
クラスが同じってだけで挨拶していいのかな。
変なヤツだと思われるんじゃないかって、思ってしまう。
「いや、席が近いのに挨拶しない方が不自然だろ。同じクラスなら、目が合ったときに挨拶しない方が感じ悪いよ」
そういうもの?
あと、挨拶したあとはどうしたらいいの。
「挨拶だけして自分の席で本読むなり予習するなり、好きに過ごせばいいだろ。話かけられたら応えればいいし」
えええ……
頭を抱える私にあいつは言う。
「挨拶してからそういう心配すれば?」
────小さな勇気
「アレと同じに例えないで」
驚かすのも驚くのも苦手だから、いわゆるサプライズも苦手だった。
だから、サプライズのパーティーするから協力してと頼まれるとモヤモヤする。
相手はサプライズ大丈夫な人なのかって思ってしまう。
「そんなわけだから、サプライズだったら協力出来ない」なんて言うわけにもいかず、逆に不自然な態度を取ってしまい、勘の良いターゲットにバレてしまうという……
「なんでいつもポーカーフェイスなのに、サプライズ隠しておけないのよ」
「だってさ、近くにイニシャルGがいるのわかっていて、平静を装うなんてできる?私には無理。それと同じだよ」
「アレと同じに例えないで!」
「それくらい、苦手ってこと」
────わぁ!
「第二章始まる」
想いが通じ合った幼馴染の、ふたりの初デート。
漫画なら、これが最終話かエピローグだろう。
いつもなら、昨日までなら、お互いの家の中間地点でバイバイしていた。
だけど、彼氏彼女の関係になったのだから、数十メートルでも彼女の家に送り届ける。
「これからも、よろしくお願いします」
右手を差し出すと、なにあらたまって……と言いたげな表情をされてしまった。
「ほら、今日からちょっと関係変わっただろ。だから……」
「そう、だね」
ぽぽぽぽっと頬を染める彼女を抱きしめたくなったが、耐える。ここは彼女の家の前!
握手をして、見つめ合う。
俺たちの第二章が始まる────
────終わらない物語
「姉の苦悩」
サンタクロースの正体を知ったのは、私が五歳、弟が三歳の時だった。
我が家のサンタはふたり。
そのうちのひとりは女のサンタで、私にこう言ったのだ。
「あの子には、私たちサンタの正体は内緒よ」
あれから十三年。
弟はいまだにサンタクロースの存在を信じている。
高校生にもなってどうなのかと思う。
だけど、弟の友人たちも本当のことを言わずにいてくれているなんて、あいつは恵まれている。
いや、私と同じく、いつまで信じていられるか面白がっているだけかも。
母は大丈夫かしらと心配しているが、大丈夫でしょう。サンタの正体知っても、弟のことだ、せいぜいプチ家出するくらいだろう。しかも家出先は、あいつの友人宅だろうから。
一方、私はいつの頃からか、サンタクロースの仲間になっていた。
毎年送られてくる、サンタクロースへの手紙の返事を書くのが私の役目。
弟は頑張って英語で書いてくれるんだけど、スペルとか文法とか色々間違いだらけ。添削したいのをグッと堪えている。
────やさしい嘘