「晩秋の帰り道」
少しずつ、少しずつ、色が変わっていくのを実感している。
街も行き交う人の装いも鮮やかさが抜けていき、渋く落ち着いていく。
そろそろ冬の足音が聞こえてくるだろう。
「来年の今ごろ、私たちはどこで何をしているんだろう」
呟き、立ち止まる彼女が空を見上げた。
鱗雲が傾いた陽を帯びている。
信号待ちの十字路。
点滅していた信号が赤に変わった。
前を横切る車の音が、沈黙の気まずさを救っている。
どう返していいか考えようとしても、頭の中がぐるぐる回ってうまくまとまらない。
このままでいられたらいいのに。
ずっと隣にいると言えたらいいのに。
果たせる自信のない約束をするのは不誠実だ。
「お互い、合格するように頑張ろう」
歩き出してから、月並みな言葉を返す。
まずはそこから。
これをクリアしてからでないと、彼女にこの気持ちを伝えることが出来ない。
まだ覚悟を決められずにいる俺には。
────哀愁を誘う
「面影を探して」
鏡に映る自分を見つめる。
両親のことは、顔も覚えていない。
だから、自分が親に似ているかどうかさえわからない。
これまであまり考えてこなかったこと──いや、考えないようにしていたのかもしれない。
自分の親が、どういう人だったのかが、気になるようになった。
これが、大人になるということなのだろうか。
俺はどうやら、母親よりも父親に似ているらしい。
母は歌が上手かったという。
情報は情報を連れてくる。
母の生まれた町がどこなのかも、つい先日知ったことだった。
人から聞いた話を、頭の中でパズルのピースのように並べていく。
「行ってみるか……」
そこで何か新しい情報を得られるなんて、期待はしていない。
ただ、見てみたいと純粋に思っただけだ。
どんな景色を見て、どんな生活をしていたのか。
自分の目と足で、確かめてみたい。
そうすれば、自分の中にある遺伝子が母のことを教えてくれるような気がした。
────鏡の中の自分
「ファイト」
今日の出来事を、ひとつひとつ紡いでいく。
ぱたんと閉じた日記を引き出しに仕舞った。
通信端末の画面が光る。
これから仕事だという、彼からのスタンプがひとつ。
そうだ、今日は夜勤だと言っていた。
カーテンを開ける。
今夜は、月が見えない。
職場に以前から私に言い寄ってくる男がいる。
あまりにもしつこいので彼氏がいると言ったら、どんなヤツかとうるさい。
そこに通りがかった同僚が、私の彼のことをポロッと話してしまった。
「そんな付き合い、うまくいかないよ」
「絶対、浮気してるって」
嫌いだ。あの男も同僚も。
あぁ、もやもやする。彼に言ってしまいたい。
だけど、彼に伝えたところで、どうもできないだろう。
それぞれの夢を叶えるために、彼と私は遠距離恋愛を選択したのだ。
「ファイト!」と応援している猫のスタンプを彼に送る。
彼がこれを見るのは、たぶん明け方。
────眠りにつく前に
「三人の約束」
ないはずのものを追い求める。
いや、ないからこそ、追い求めてしまうのかもしれない。
その樹の根元にはいくつかの石碑が並べられていた。
そのひとつを持参した布で拭いていく。
「ずっと一緒にいるって、言ったのに」
手を合わせ、まだ植えられてから数年しか経っていない樹を見つめる。
葉を揺らす風は、秋の香り。
イングリッシュガーデンを一周していると、見知った顔に遭遇した。
「来てたの」
「あぁ」
思わず声をかけてしまう私は、嘘も誤魔化しも出来ないタイプなのだろう。
彼は私から目を逸らした。
「良いところだな」
そう言って彼は周囲を見渡す。
「そうだね」
ひらり。
一枚、黄色く染まった葉がふたりの間に落ちた。
「じゃあ、俺もお参りしてくるから」
視線を合わせず背を向ける彼を見送る。
彼女がいなくなってから変わってしまった私と彼の関係は、もう戻ることはない。
ずっと一緒にいると、約束したのに。
────永遠に
「故郷を探して」
二年か三年ごとに住む街を変えることにした。
実家が無くなり、同級生たちの多くも都会に出てしまって、その街に住んでいない。
だが、帰る場所がないのなら、これから作っていけば良い。しかも複数作っておけば、安心。
軽い気持ちで始めた生活だが、どうやら私には合っているらしい。
そしてわかったことがある。
「この街は、今の私には早かったな」
荷造りを終えて、部屋を見渡す。
ちょうど二年。
この街から新しい街へ。
この街とは違う気候、違う景色、違う文化の街へ。
「子育てするには良い街なんだろうなぁ……」
次の街は、国立大学のキャンパスがあるから大学生が多いかも。同世代との出会いは期待できないかもね。
まぁ、こんな定期的に引越しを繰り返す女と結婚しようとする男がいるとは思えないけど。
「じゃあ、またいつか」
辛い思いをしたわけではないけど、この街にはもう来ないだろうな。
すっかり荷造りと各手続きはプロ級だ。
記念すべき十回目の引越し。
故郷にするのはどの街でも良いはずなのに、故郷にしたい街はなかなか見つからない。
────理想郷