「恋に恋する乙女だった」
今さら何のご用かしら。
久しぶりに届いた彼からのメッセージを未読スルーして三日。
再び彼からメッセージが届いた。
通知画面に表示された文章だけでもわかる。
また私を面倒なことに巻き込むつもりだということは。
共通の知人が多いから、あえてブロックはしてなかったけど、もういいかな……
高校を卒業する時に連絡先を交換してしまったけど、正直言ってもう関わりたくない。関わる理由もない。
遠くから見ているだけだった私は、声をかけられてすっかり舞い上がってしまったのだ。
憧れは憧れのまま、綺麗な思い出として仕舞っておけばよかった。
指を滑らせる。
ただの恋に恋する乙女だった、あの頃の私にさよなら。
────開けないLINE
「完璧でありたいのに」
顔も頭も運動神経も良い人を目指して幼い頃から血の滲むような努力を積み重ねてきた。
その甲斐あって、周囲からは「完璧超人」と評価されるまでになったというのに……
「完璧な人間なんていないよ」
君はそう言って笑う。
僕からしてみたら、正直言って君はあまり頭は良くないし運動神経も良いとは言えない。
それなのに、君と出会ってから、自分の愚かさ、未熟さばかり思い知らされる。
予想の斜め上をいく君の言動と、眩しすぎる笑顔に心拍数も感情も掻き乱されていく。
「人間って、不完全なものだと思うよ。だから惹かれ合うんだと思う」
君の言っていることを認めたくなくて、そんな自分に苛立つ。
君の前でだけでも、完璧でありたいのに。
君の前でだけ、僕は不完全になっていく。
────不完全な僕
「嗅ぎたい彼氏」
別々の高校に進学したから、家が隣同士でも偶然に会うのは難しい。
久しぶりのデートを楽しみにしていたのに、台風の影響で今日は一日中雨。
仕方ないのでおうちデートで映画鑑賞に予定を変更。
部屋に入るなり、彼は抱きついたまま私の首筋に鼻を寄せた。
「なんか、つけてる……」
がばりと音がしそうなくらい、勢いよく私から離れ、若干不機嫌そうに眉を顰める彼。
「あ、うん。友達がくれたの、香水」
「……ふーん」
「嫌?」
「うん」
「……そう」
まぁ、香水が苦手な人も少なくないし。仕方ないか。
「デートの時に使って」と言われたけど、苦手な人の前では使えないよね。
「いや、香水自体が苦手なわけじゃ……ないんだ」
「そうなの?」
「んー、なんつーか、そんなもんつけなくてもいい匂いするのに、なんでわざわざ香水つけんのかなーって……」
「な、なにを……」
「久しぶりだし、ちゃんとお前の匂い嗅ぎたいんだってば」
再び抱きついた彼は、首筋に噛み付くように顔を近づけて鼻を鳴らす。
犬?犬なの?
「あー、それもいいな。お前の犬なら喜んでなるよ」
「ばっ……誤解を招くようなこと言わないで!」
────香水
「どちらからともなく手を繋いだのは」
手を繋ぐなんて、小学生の時以来だ。
二十歳をとうに過ぎた、ブラックフォーマル姿の女性ふたり。
駅のホームのベンチに一時間半座ったまま。
「何年か前、あの子のお母さんが具合悪かったとき、相談してくれなかったこと、さみしかった……」
「うん……」
「あの子、いつも、いつも、自分のことは、二の次だった……」
「うん……」
「気付いて、あげられなかった……」
「うん……」
「ひとりで、あんな病気と闘ってたなんて……」
「うん……」
ぽつり、ぽつりとこぼす呟きに、相槌を打つことしか出来ない。
何か言ってしまったら、そのまま泣き崩れてしまう気がする。
ごめんね。知ってたんだ、本当は。
だけど、私には何も出来なかった。
そんなの、知らなかったことよりも、この気持ちを持っていく場所に困る。
このまま時間を止めてほしい。
立ち上がることが出来ないまま、終電の時間が近づいている。
どちらからともなく手を繋いだのは、あの子と過ごした時間を、その存在を、知っているふたりだから、この痛みも寂しさも辛さも共有できるような気がしたのかもしれない。
────言葉はいらない、ただ……
「本能が、それは訊くなと言っている」
大学入学を機に上京し数年。
東京はあらゆるものが高い。
俺は社会人になってからも大学入学時から住んでいるアパートに住み続けていた。
ある日曜日。
長らく空室だった隣に誰か引っ越してきた。
都会では引越しの挨拶はあまりしない。
だから、インターフォンが鳴るなんて思わなかった。
「すみません、私、隣に引っ越してきた者なのですが……」
若い女性と思われる声。
おいおい、防犯意識低くねーか?
ちょっと気をつけるように言っておいた方がいいか……?
親切心半分、どんな子なのか見てみたい好奇心半分でドアを開けた。
そこに立っていたのは、なんと、疎遠になっていた幼馴染。
「え……なんで……」
「……いや、なんでって、それこっちのセリフ」
この再会が、すべての始まり。
まるで止まっていた時計が動き出したような感じだ。
田舎の感覚が抜けきらない彼女に防犯面でアドバイスしたり、夜コンビニ行く時に付き添ったり、そのお礼にと食事を作ってくれたり────
そのうち、俺の部屋に彼女がいる時間が長くなり、じゃあいっそ一緒に住むか、ということになった。
人生何があるかわからない。
ところで、彼女が隣に引っ越してきたのは本当に偶然なのだろうか。
────突然の君の訪問。