「祖母の口癖」
「人の寿命っていうのはね、生まれた時から決まっているんだよ」
祖母の口癖だ。
五歳の時に事故で母を亡くした私は、祖母に育てられた。父はいない。私が生まれてすぐに離婚したのだという。
祖母は若くして親と夫を亡くし、最愛のひとり娘にも先立たれた。
人の寿命は最初から決められている──そう思わないと乗り越えられなかったのかもしれない。
決められているのは、寿命だけなの?
もしも、事故死する運命を回避してしまったら、そのあとその人はどうなるの?
母が亡くなったときの事故で、私は生死を彷徨ったという。
もしも、私が運命に逆らって生きているのなら、未来のことがまったく描けないのも、自分が大人になった姿さえも想像できないのも、生きる運命じゃなかったからなの?
時々そんな考えがよぎる。
「あの時生かされたのだから、頑張って生きなきゃ」
私が一番嫌いなセリフ。
祖母は決してこんなことを言わなかった。
「頑張っても、頑張らなくても、いつか人は死ぬの。だからいつ死んでも後悔しないようにするのよ」
祖母の口癖。
だけど私は、まだまだ後悔ばかりの生き方をしている。
昨日もあんなひどい事故に遭ったのに、私は無事だ。念のためにと病院に留められたが、たいした怪我ではない。
何らかの力で生かされているような気さえしてきた。
もしかしたら、生きるために後悔ばかりしているのかもしれない────なんて、ちょっと自分の都合の良いように考え過ぎか。
後悔しないように生きるには、どうしたらいいのか。
無性に祖母に話を聞いて欲しくなった。
三年間、伏せていた写真立てを起こす。
祖母の顔をやっと見ることができた。
────最初から決まってた
「図太くなってよ」
遮光カーテンはまるで天の岩戸。
暗くした部屋で、蹲ったままの貴方を照らせるなら「君は太陽のようだ」と言われるのも悪くない。
でも、私は太陽にはなりたくないの。
私を貴方の世界の中心にしないでほしい。
貴方の世界では、貴方が太陽。
もっと自分を軸にして考えてほしい。
「君が眩しくて辛い」
そう言われた方が辛くなるってこと、わかってるのかな。
私の世界では私が太陽。
そして、月も地球も、名もなき星も全て私。
貴方もそれくらい言えるようになってくれたらいいのに。
でも、そうならない、なれない貴方が愛しかったりもする。
本当に私たち正反対だね。
幼馴染じゃなかったら、仲良くなれなかったかもしれない。
まだ外に出たくないなら、無理に出なくてもいい。
貴方の世界で貴方が太陽になるまでは、私が側にいるから。
それまでは、私が貴方の太陽の代わりになってあげてもいいよ。
────太陽
「午後三時。門前町。古民家カフェ。」
日中、毎正時に聞こえてくるのだと、あの人は言っていた。
三つ鳴らしたあとに、時刻と同数の鐘の音。
あの人の軌跡を辿る旅は、ここから始めることにした。
もう二度と会うことができない。
もっと、教わりたいことがあったのに。
この先もずっと、見守っていてほしかったのに。
それよりもなによりも、あの人自身もやりたかったこと、やり残したことがあったのに。
寺を中心に発展した町。
あの人が生まれ育った町の、路地裏を歩く。
古い建物を改修や改築したカフェや本屋、雑貨屋があちこちにある。
「リノベーションか……」
鐘の音が聞こえてきた。
午後三時。
目についたカフェに入り、ノートを開く。
あの人が残したもの。
それらはもしかしたら、あの人が俺に出した最後の課題なのかもしれない。
────鐘の音
「君の話は、聞きたくて聞きたくなくて」
「君の話は、つまらん」
「もっと実りのあることを言えないのか、君は」
「その話、僕に何か関係ある?」
元カレに言われた台詞の一部抜粋である。
こんなことを言われては、話す気力が無くなってしまうのも、好きだという気持ちが綺麗さっぱり無くなってしまうのも仕方ないと思う。
「ひでーな、そいつ」
幼馴染は、そう言ってビールを飲み干した。
高校卒業してからすっかり疎遠になってしまっていた私たち。
数年ぶりに会ったはずなのに、それを感じさせないのは、幼い頃に一緒にいたからなのだろうか。
「俺だったら、好きな子の話ならどんな話でも聞きたいと思うけどな。つーか、好きな子の話って、全然つまんなくねーし」
そう言いながら、何か追加で注文するものあるか、とタッチパネルを操作していく。
なんだか不思議だ。
こいつと、こうやってお酒を飲んでいるなんて。
さっきからペースが早いけど、普段からこんな感じなのかな。
「そっか……男女の違いなのかと思ってた」
「他の男はどうだか知らないけどな。あくまでも俺の考え……まぁでも、好きな子の元カレの話は、正直あんま聞きたくねーけど」
────つまらないことでも
「昨夜のことは、すべて私のせいだから」
夜が明けるまでに、この部屋を出ていかなくてはならない。
昨夜の出来事が夢だったと貴方に思わせるために。
あの夢のような時間は、夢でいい。
貴方と私は「そういう関係」には、なれないのだから。
すうすう……規則正しい寝息をたてている貴方。
そっとベッドから降りる。
手早く身支度して、昨晩の痕跡をひとつひとつ消していく。
消せないのは、私の記憶だけでいい。
ずっと、ずっと好きだったから、昨晩のことは夢だったことにしたい。
これからも、この関係を維持するために。
貴方が罪悪感を抱かないために。
貴方はまだ夢のなか。
そのままずっと、夢を見ていて。
そうすれば、私もずっと夢を見ていられるのだから。
────目が覚めるまでに